大変お世話になりました。
このブログは今日をもって最後にしたいと思います。
色んな方に読んでいただきまして大変感謝しております。
ありがとうございました。
これからはこちらで引き続き日記などをを綴っていきますので、
皆様、これからもどうぞ宜しくお願いします。
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北海道の旅、楽しかったです。
写真を載せつつ、一日づつ載せていく予定でしたが、
まだまだ先になりそう…。
すんません。
話が変わって、
来月でこのブログも1周年を迎えます。
おめでたい。
と、言いたいトコロなのですが・・・
アメーバに完全以降する決意が高まって参りました。
最近はわりと自分らしいブログを書けるようになった気がします。
読む人にとても優しいブログに変化したと思っておりますが、いかがでしょうか?
長い間こちらで読んで頂きましてありがとうございました。
今度はもっと親切なブログになってますので、ご愛顧願います。
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北海道4日間ドライブの旅、2日目が終わろうとしています。
現在約600km走りました。
今回はトヨタのプレミオを借りてます。
なかなか良いです。
まだ300kmはガソリンを入れなくてよさそう^^
それでは、また。
後日、写真載せます。
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綺麗なお墓を作ってもらって、お経も唱えてもらったターボくん。
うーん、かわいい奴でした。
またいつか、ずいぶん先に逢えたらまた遊びましょう♪

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今日は夜勤ですが、栄までおでかけして借りていたグランブルーのDVDとヤナーチェクのCDを返却してきました。
ああ、眠い。
寝なきゃ。
いけない、タイトルに書いたこと忘れそうでした。
ロビンソークルーソー?と宝島の洋書を購入しました。
英検3級レベルのものですから、そんなに難しい本ではないんですよ。
ではおやすみなさい♪
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私はクラシック苦手…という話を聞いて、
僕もどうしても踏み込めずにいて避けて通ってきていたというか、
知らなくてもいいだろうという気持ちがあったことを思い出しました。 時々クラシックのネタも書いてますが、正直言って今でもよくわからないです。
本当に世界が広いんです。
ここに35のリンクを貼りました。
もちろん全部聞いてくれとは思ってません。
今日はこの中からどれか一つ選んでみてはどうでしょう?
ゲーム「FFタクティクス」「FF7」のSOUNDTRACKとスターウォーズのテーマがすごく好きでした。
映画にはよくオーケストラが使用されているし、
例えばですが、
サイダーハウスルール
グラディエーター
2001年宇宙の旅
コールドマウンテン
それから久石譲さんの音楽はとても美しくて好きですという意見が多いですよね。
しかし、それらはクラシックなのか、オーケストラなのかよく分からなかった。
というよりも、クラシックって何だ?
オーケストラって??
という状態だったので、僕は苦手分野に加えました。
ですが、そこは重要ではないのだと後々になって思いました。 外人向けの日本情報誌にこんな文章がありましたのでご紹介させて頂きます。 ”歌舞伎を見るのに特別な知識は全く必要ありません。 見て感じていただければ、きっと楽しんでいただけるはずです。” きっと動機ときっかけが大切なんでしょうね。 クラシックを聞こうと思うけど、何から聞いたらいいんでしょうか?と尋ねられ た事がありました。 僕も同じように尋ねた事あります。
こう考えてみてはどうでしょう?
どこか海外旅行に行きたいなあと思ったけどよく知らない。
旅行代理店に行ってみたらパンフレットは多いし、
イタリアに行こうと思ったって、ミラノもいいし、ローマも行ってみたい。
ああ、どうしたらいいんだろう。
クラシックってそんな感じなんじゃないかと、僕は勝手に思ってます。
まずはパンフレット探しからですね。
一番オススメなのはドラマのだめカンタービレを観ること。
ラフマニノフ - ピアノ協奏曲第2番
ドヴォルザーク - チェコ組曲
ブラームス - 交響曲第1番
ドビュッシー - 喜びの島
などなど…
のだめが初めて弾いたラフマニノフはすごく滅茶苦茶で速いし、音も適当なんです。
ちゃんと作りこんであるところがすごいなと思いました。
所々解説を交えて話が進むので、クラシックに興味あるんだけど分からないから…
という人には是非是非オススメです。
次にオススメなのはフィギュアスケーターの曲。
今は日本勢が頑張っていますから、ちょくちょくテレビでやるようになりました。
浅田真央のハチャトリアン - 仮面舞踏会
中野友加里のサンサーンス - 白鳥
安藤美姫のビゼー - カルメン
織田信成のマリオは別として、
キムヨナのサンサーンス - 死の舞踏
フィギュアスケートを見始めてから次も頑張れという感じで見るようになってしまった。
そういえばこの曲いいなあなんて感じで好きになりました。
この中ではハチャトリアンが好きです。
映画というのも良いかもです。
アマデウスよりモーツァルトのレクイエム
不滅の恋ベートーベンからは交響曲第9番 歓喜の歌とピアノソナタ 月光。
ラフマニノフ ある愛の調べより前奏曲 鐘
のだめ、映画、フィギュアスケートの音楽にしても映像も一緒に入ってくるところがいいのではないかなという僕からのオススメプランです。
歴史を遡ってというのはどうでしょうか。
生まれた順に並べ替えてみてはどうですか?
バッハやヘンデル、モーツァルト、ハイドン、ベートーベン、ドヴォルザーク、
ドビュッシー、ラヴェル、マーラー、サティ、ラフマニノフ、ホルスト、ヤナーチェク…
大勢いて、曲のレパートリーが多いので全てを聞くのは無理でしょうね。
でも、時々つっついて、触れてみようとは思っています。
皆さんもいかがですか?
それでは皆さん、卒業式のこの曲パッハベル - カノンでお別れです。
オーケストラ、ピアノ協奏曲、ピアノソナタ、などとありますが、
どんな楽器の人がどれくらいの人数で行うのかは曲によります。
symphony - 交響曲 … オーケストラセットで曲が成り立ってます。
ピアノ協奏曲(concerto) … ラフマニの場合はピアノをメインにして、バイオリン、チェロなど。
他にバイオリン協奏曲、チェロ協奏曲、チェンバロ協奏曲など。
ピアノは本当によくわからない。
曲の構成にソナタ形式というものがあります。
ヴァイオリンソナタというのもあるみたい。
僕もよく分かりません。
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たくさん音楽聴きましたよー。
I heard many many ... music.
何だっけな…
Xddd...
ずらっと書き並べます。
The list.![]()
Way Out West [ Intensify ]
Mahler [ Symphony No.1 Titan ]
Amadeus Mozart [ Eine Kleine Nachtmusik , Dorfmusikanten-Sextett ]
Gershwin [ Rhapsody in Blue ]
Bela Bartok [ Concerto for Orcahestra, Sz116 ]
Leos Janacek [ Sinfonietta for Orchestra ]
えーこれらの一部は3n-lmpにアップしてます。
・マーラーの巨人(交響曲第一番)は…
というかですね、
マーラーの曲ってそこまで好きでは無かったのですが、
昨日聴いた感じでは、普通に受け入れて聴けました。
マーラーの音楽は古いアメリカの映画音楽のようですね。
馴染めるところはそういう辺りからなんです。
米アカデミー賞の歴史に顔を出してきた多くの作品の礎ですよね。
古くにある名画を支えてきたのは、このマーラーのような音楽なんです。
と、僕は思いました。
今日聴いたヤナーチェクの音楽もそんな感じでした。
僕は今日、3nにマーラー載せるつもりでいたんです。
でも、ヤナーチェクを聴いてみたところ、
こちらの方が遥かに好みだったので急遽変更になりました。
だってカッコいいんで。
・モーツァルトの「Dorfmusikanten-Sextett」というのは28日に載せた音楽の冗談です。
この曲は同年にアイネ・クライネ・ナハトムジークが発表されているので、
曲のナンバーが近いので、僕の持っているアルバムに並んで収録されてました。
ちなみにアイネ~という曲はご存知の方も多いと思いますが、
最近耳にしたのは、Wii MusicのCMで演奏されていた音楽がそれ。
・ラプソディーインブルーはコロンビアジャズバンドという方々の演奏のCDを聴きました。
しかし、えらく速く感じたので、ウォークマンに入れているグレンミラー・オーケストラの方も聴いてみました。
やっぱりですね、僕の好みはグレンミラー・オーケストラの演奏ですね。
前はコロンビアジャズバンドのばかり聴いていたんですけど、不思議です。
・バルトークはゲームのファイナルファンタジー・タクティクスのサントラを思い返しました。
そのゲームは中世ヨーロッパを舞台にしたゲームで、
FFシリーズでは唯一クラシックしか使用していないゲームなんです。
ちょっと重たい曲です。
重たいというのはアメリカンコーヒーとブレンドコーヒーの違いみたいに。
エスプレッソだと濃すぎです。
・ヤナーチェク。
贅沢だなと思ったのは、このシンフォニエッタを聴きながら、1Q84を読み終えた事。
ちょっと幸せを感じてしまいました。
曲は言うまでもなく、カッコよくて僕の好みでした。
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僕が生まれて育った地域(中学を卒業し、高校に入学後数ヶ月までの間住んでいた実家のあるところ)は、
”少しだけ”変わったところでした。
それが少しなのかどうかは僕には分かりません。
と言うのは、ある人から見たらとても変わった地域かもしれなし、
ある人からは普通だと思われているかもしれないから。
僕から見たらそこが普通でありフラットな位置なので、
正確なズレを把握することは困難なのです。
その町の全体像から簡単にご説明します。
昭和の頃までかつて鉱山が栄えており、町を活発にしていたのはその鉱山が大基でした。
多くの人が鉱山に携わる仕事をしていました。(もちろん、そうでない人もおられました)
町の中心部は山に囲まれた谷に位置してます。
そして川沿いに、山沿いに道があり、その所々に集落、部落と言われるような、
いわゆる地域が点々と存在しています。
僕の実家は町の中心部から鉱山へ行くまでの山道の途中にある部落にあります。
実家から歩いて数分の所には社宅が幾つもあり、
鉱山が栄えていた頃には多くの人がそこに住んでおり、働きに出かけていました。
僕が生まれた時点ではその社宅は廃墟と化しており、
近隣に住んでいる人達はごくわずかでした。
ある人達から見たら”取り残された人達”なのかも知れません。
1Q84の中にも出てくる「猫の町」。
50年後にはきっとそうなっているのだと、僕は思います。
僕が小学生に上がると夏休みにラジオ体操に参加することになりました。
これはどこでも行われているような地域行事だと思います。
僕の家からすぐ上に行ったところに神社があり、そこで行われていました。
はっきりとは覚えてませんが、初めてラジオ体操に参加したときは全員で4人でした。
僕と2つ上の姉。
それから近所と言えば近所の小学4年生くらいのお姉さんと、
ちょっと離れたところに住んでいた小学6年生くらいのお姉さん。(だと思う)
でも、彼女が中学に上がるとラジオ体操には来ませんでした。
それからいつの間にかもう一人の彼女も家の都合で引っ越して行った為、
夏のラジオ体操は殆ど姉と二人で行ってきました。
最初のうちは神社まで二人で行ってましたが、
やがて実家の前で行うようになりました。
それでも、ラジオ体操はしっかりやっていました。
おそらく親がそう言い聞かせていたのだと思います。
もうお気づきだとは思いますが、
僕が育った環境は近所に同級生のみならず、子供がいませんでした。
テレビドラマで子供達が近所の子達と遊ぶ風景を時々見ましたが、
僕にとって(姉にとってもですが)それはテレビの中の世界に過ぎません。
全く遊ばなかったというわけではありませんでした。
学校には友人がいましたし、地域の祭日に呼んだり、呼ばれたりしました。
その度に親にお願いをして、友達の送り迎えなどしてもらいました。
今思えば、それは親にとって手のかかる事でした。
そこら辺で遊んでらっしゃいとは言っても、
未だに鉱山関係の大型トラックが走っていましたし、
近所の友達とそこら辺の公園で遊んで来なさいということは意味してません。
何をやっていたのか曖昧ですが、
保育園、小学校の帰宅後はだいたい曽祖父と一緒にいました。
山を歩いたり、川をみたり、僕が曽祖父の散歩につき合わされていたのか、
曽祖父が退屈させない為に僕とあちこち散策するようにしていたのか、
どちらが正しいのかわかりません。
しかしお互いにとって、それはどちらも正しかったのだと思います。
姉は学校から帰ると部屋にこもって歌を歌ってました。
夕飯時には皆でご飯を食べ、それからまた部屋で歌を歌いました。
隣の家は川を挟んで50メートル以上先にありましたので、
姉がどれだけ歌ったところで、
近隣の家々に迷惑がかかることは一度もありませんでした。
僕が小学5年生になると、姉は中学へ上がりました。
まだ土曜日に午前中だけ登校していた頃です。
土曜の午後は校庭で地域ごとに整列し、
交通安全のルールを地域ごとに順番に唱えることになっていました。
僕は校舎に向かって一番右側の端に一人で立っていました。
しかし、それは仕方のないことでした。
僕の住んでいる地域からその学校へ通う人は僕の他にいなかったので。
地域ごとの班を幾つに分けてあったのかは覚えていません。
それでも地域が点々としている為、
全生徒数の割りには多くの班が存在していたと思います。
僕は自分の地域の番が周ってくることがとても嫌でした。
土曜日になると、それは僕の方に一つだけ近づいきました。
順番が周ってくると、全生徒の前に出て代表として唱えなくてはならないのです。
皆の前で唱えた後に、残りの生徒が復唱をすることになっていました。
時は正確に時間を進めます。
そのスピードは絶対にズレを生じません。
ズレるのは時計の針の方ですから。
やがて、僕の隣の班が前に出て、代表を務めました。
それからの1週間は僕にとって本当に憂鬱でした。
嫌で嫌で仕方なく、僕がその地域に生まれたことを何度も恨みました。
親のせいではないにしろ、この恨みはどこへやればいいのかとずっと考えました。
結局その恨みの行き先はどこにもありませんでした。
今、僕がそのことをまだ恨んでいる訳ではありません。
恨みはいつの間にかどこかへいったのかもしれません。
或いは形を変えて、僕の中の奥深くに隠れてしまったのかもしれません。
金曜の夜に僕は決心をし、一人で唱える練習をしました。
皆の前に行き、7つくらいの安全ルールを唱えるイメージをしながら、
それを何度か繰り返しました。
毎週唱えている言葉ですから、当然覚えています。
ただ、それをごく自然に唱えることができるのかどうかがとても不安だったのです。
当日になり、その時間がやってきました。
僕はごく自然に事を済ませようとしました。
一歩足を踏み出し、皆の前まで歩こうとしました。
でも、その時に不可解な事が起こりました。
一番左端の1番目の班が中央に向かって既に歩き出していたのです。
僕は踏み出した足を元に戻しました。
前に出てきた班は、ごく自然にそれが当たり前の事であるというように暗唱を済ませました。
そして誰かのお別れの挨拶を終えて、皆解散しました。
僕には今でもそれが不可解です。
でも、それはとてもごく自然に当たり前のように行われ、
時はいつもと変わらず同じペースで刻み続けました。
誰一人として僕に何も言わなかったのも不思議でした。
前もって「君は一人だから、出なくていいんだよ」と誰かが言ったのなら、
この際、それならそれで良いかったのです。
ただ前もって言ってくれないと…
僕は家に帰り、悩みました。
その感情はどう表現したらよいのでしょう。
悲しいのか、悔しいのか、それらが混ざっているのか、それとも全く次元のかけ離れたものなのか…
キッチンへ行き出刃包丁を手に取りました。
小学生の手には少し大きめの出刃包丁でした。
僕は刃先を心臓の上にあて、何度か深呼吸しました。
外が曇っていたせいか、やけに部屋が薄暗く感じました。
刃先の先端が僕の肌に触れると、一瞬だけひんやりとしましたが、
それはあっという間に常温に変わりました。
僕はある意味では、既に存在していません。
あの時に二人に別れ、一人が死んで、一人が生き残ったのかもしれません。
よくわかりませんが。
その日以来、僕は自分を客観視するようになりました。
それは世間の目というよりは、死んだはずの自分の目からです。
この社会にあるルールは、
僕が生まれた地域では殆ど意味しないのかもしれません。
そのルールはかつて僕が居たような取り残されつつある地域を、
さらに苦しめていくようにも思えます。
ですから、社会のルールに沿って真っ当に生きて、
尚且つ、自らを蝕んでいくような、滅ぼされてしまうような、
この社会のあり方が好きじゃない。
なぜ、自ら命を絶っていく人達が毎年増え続けるような社会で、
ごく当たり前のように生きていかなきゃならないのか。
そんな国、社会の決まりごとが好きじゃない。
何故、自らを苦しめつつあるような法律が出来上がるのかも。
何故皆がこれほど苦しまなければいけないのか。
皆さんも不思議に思いませんか?
僕はできるだけ変な人間になろうと思って生きてます。
いつも変な人間であるということは、
どんな時に羽目をはずしても、あまり目立たないという強みがあります。
それ以外に自分を救う手立てがないのです。
そして誰かと同じであることが、どういうわけが苦痛を伴うのです。
それも理由の一つです。
でも、こうして最後まで読んでくれる方々がいることは、
僕にとって大きな幸せだと思っています。
死んだはずの自分が得られなかった、宝であり、唯一の希望なのです。
どうか皆さん死なないでください。
僕は一人でも多くの人が救われることを心から願います。
形がどうであれ、理由がなんであれ、
生まれた時点で人はすでに違う道を歩んでいるのです。
もしかしたら、あなたの悩んでいる事は、
本当はとても小さな事かもしれない。
もし、誰かがそれを笑うなら、あなたもそいつを笑ってやればいい。
でも本当はそこに笑う理由など何も存在してなかったのだと、
いつか気付いてください。
あなたの為にも、その相手も為にも。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
これからも、僕は僕の道を歩むつもりです。
僕は指を差されて笑われるくらい、痛くも痒くもありません。
ですから、また可笑しな事やってるなと、
適当に笑ってやってください。
本当に、皆さんに感謝しています。
ありがとう。
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午前9時、今日は蝉の声がいつもよりもよく聞こえた気がする。
K氏は、今日は久々の晴天じゃないか、と思った。
「タダイマ アオゾラ ガ ゴワリゴブ ヲ シメテイマス」
先週末に購入したお手伝いロボットの風子がそう言った。
しめしめ、K氏はここぞとばかりに、連日続いた雨の影響で湿ってしまった布団を外に出した。
「全く、どうしてこんなに雨ばかり続くのだ、今夜だって晴れとは限らないのだろう」
夕方になると、風子は、
「ユウダチ ガ アト サンジュウビョウ ゴ 二 ヤッテキマス」と言った。
K氏は昼寝の最中だったので、その言葉に気が付かなかった。
風子は30秒後になると、
「ユウダチ デス ユウダチ デス ユウダチ デス ユウダチ デス ユウダチ デス」
と繰り返した。
25回繰り返すと、
「サンジュウビョウ ゴ ニ ユウダチ ガ オサマリマス」と今度はそう言って、
本当に夕立はおさまった。
ようやく目を覚ましたK氏は、ずぶ濡れの布団を見て天を仰いだ。
「この役立たず、お前は何をしていたんだ」
お手伝いロボット風子は何も言わなかった。
彼女は気象情報について何よりも優れていたが、
それ以外のことは一切できなかった。
「大金を叩いて購入したのが、大損だったようだ」
翌週
干しから取り込みまでやってくれるお洗濯ロボットの洗太が発売された。
K氏は懲りずに買いにでかけたのであった。
翌週には洗濯物をたたんでくれるロボットの畳が発売された。
K氏は当然のようにそのロボットも購入した。
やがて部屋中がロボットだらけになり、うんざりして彼らのスイッチを切った。
結局、全てを自分でやるようになっていた。
商社は次から次へと爆発的にロボットを売りさばいた為、
中古が出回るルートは存在しなかった。
だから売ろうにも買い手が見つからず、手放すことはできなかった。
当然のように押入れに無理やり放り込まれた、
スイッチの入らないロボットたちは、もはやガラクタ同然だった。
「やれやれ、どうやら商社の戦略にまんまと嵌ってしまったらしい」
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ここで答えを載せてしまうと、
楽しみが半減してしまうと思いますのでリンクを貼っときます。
あったなー
あれ、入ってないのかー
ジブリいいなー
と、感じました。
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青菜炒めとタイトルに掲げておきながら、そう呼んでよいのかわかりません。
小松菜とキャベツを炒めて、味付けは塩とだしのみ。
そんなものを作りました。
できるだけ時間がかからないような、適当なメニューです。
作ってみて意外な発見がありました。
それは小松菜とキャベツから出てきた透明のつゆ。
つゆっていうのは、つまり牛丼でつゆだくという感覚のつゆです。
ためしにご飯に乗せて食べてみたら、意外と旨いではないですか。
というお話でした。
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今日は健康診断でした。
夜勤明けで視力測ってもさ、よく見えないんだって!
というか眠い。
あんな細かいもの、見たくない。
そんなわけで右が0.9と左が1.2。
普段は調子が良いときはどちらも1.5あります。
役に立たない測定でした。
家に帰って、古くなった冷凍ねぎを捨てて、
新しくねぎを切りました。
そのあと、きゅうりを輪切りにして、昆布と塩で漬物にしました。
そして、今に至ります。
眠いので、お酒飲んでぐっすり寝ます。
起きたら雨やんでてほしい。
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Macもついに年とったなぁ。
急激に痴呆が進んでいるようで、勝手に起動して勝手に落ちてます。
どうやら体の具合もよくないみたいですね。
もうしばらく様子を見てから、
病院へ送り届けようかと思ってます。
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ずいぶん前の事ですが、
某田中と討論しました。
アナログ的な音楽と、デジタル的な音楽についてです。
彼はGrapevineを筆頭にジャパニーズロックを中心に熱く語りました。
その最中に僕はSystm F - Out Of The Blueをかけて、
デジタル的な音楽について、クラブミュージックについて反論しました。
System Fはもう昔の人になってしまったね。
トランスを流す箱なんて、かなりの物好きなオーガナイザーの志向ですよね。
有名なクラブの週末は人気のある音楽しか流れません。
それがビジネスだし、仕方ない。
ただ、そうやって消えていってしまう曲も沢山あるなぁと思ってしまいます。
誰かが今でも聴いてるみたいなので、僕としてはちょっと嬉しかったけど。
どれくらい語っていたかわかりません。
今思えば、それはわざわざ二つの間に壁をつくってしまうような行為でした。
ジャンルなんて概念、取っ払っちまえばいいんですよ。
ハウスが好きだと言っているのは、東京や京都について、日本が好きですって言っているようなものだし、
クラシックが好きですというのは、この世界が好きですって言っているようなもので、
それらの主語にはアバウトすぎる要因が多すぎます。
それで、
アナログ?
デジタル?
どっちだっていいさ!!
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昨夜の爆問でのテーマは触感を体感する。
様々な研究をされてましたので幾つかを紹介します。
まず初めに触感というのは、自ら触れた場合のものと、相手が触れてきた場合のものとあります。
今回放送された内容では、どちらもありました。
・ペットが生きているという感触。
ロボペットは動きはだいぶ改善されてきたが、触れたときの愛くるしさがまだないので…という研究。
・切られるという触感。(ちょっと悪趣味)
ゲームで人を撃つ、切るというリアルなものが出て来た。だから、自分が撃たれる、切られるというリアルさも追求するべきでは?という研究。(本当に必要か?)
あとは笑いを増幅させるマシンやハンガーマシン何てものも登場しました。
さて、ここからは気持ちよさについてです。
この研究室では無限鉛筆削りマシンというものを作ってました。
となりの画面には鉛筆が削られていく映像が映し出され、鉛筆削りを回していくと、
あの独特の音と抵抗感が与えられ、気持ちよくなれるというもの。
抵抗感はプログラミングされているようで、削れていくにつれてだんだん抵抗が薄れていくようです。
キーホルダーの無限プチプチ、無限枝豆に比べると高価なマシンになりそうw
ここで、今回の先生である梶本裕之さんはこう述べます。
気持ちよさって抵抗感がないと、生まれてこないものなんです。
きっと鉛筆を削った音だけだったら、皆さん不快に思われるんじゃないでしょうか?
映像は水泳のクロールのシーンに変わりました。
うまいですね、たしかにわかりやすいです。
抵抗感ですね。
この研究室では心理学をずいぶん研究されているようです。
続きましてFUKUGANです。
先日NILさんの紹介でFUKUGANというイベントに誘われて行って来ました。
なぜそのような名前のイベントなのかオーガナイザーに聞いてみたところ、
話すと2時間くらいになりますから、と言われまして、また今度紹介しますね。
このイベントは本当に良かったです。
あまりの気持ちよさにビールと焼酎と泡盛を煽って、僕は泥酔してしまった。
皆さん、ごめん。
僕はある時期からクラブのアンダーグラウンド感についてゆけなくなり、縁を切りました。
何時間という長い時間の中で、
ずっと続く四打ち、
80khz〜90khzを持ち上げられたビート、
定番となってしまったブレイク、
同じ構成、似たようなメロディーとリフ、
それから、ずっと続くあの重さ(抵抗感)…
昨日の爆問では快楽は一瞬のものだと言ってます。
だから、ずっと抵抗感のある重た過ぎる空間は逆効果です。
やっとそれの意味が分かりました。
その点FUKUGANはそれを回避してました。
レベルの高いジャズセッションの後にヒップホップをぶつけて来るあたり、
そういった変化が、マンネリ感をうまく回避しているように思えます。
(ああ、イパネマの娘よかった。改めてもう一度聞きたいです。)
バラエティでとても質の高いイベントだったように思えます。
また誘ってくださいね。
お疲れ様でした。
最後に僕の理想の形態です。
まあ、これは飛ばしてくださってもかまいません。
個人的な趣味みたいなものです^^
以前からDJやらないのかというお話を頂いているのですが、
実を言うとそういったサークル的なものには参加しないと彼女に約束してあるので、
人前で何かやるというのは二度と無いと思います。
残念そうにしてくれる方も今まで何人かいらっしゃったので、大変申し訳ないです。
でも、DJをやる事で得る事は沢山あると思いますが、
現状はやらない事で損なわれる事が何もないと思ってますので、
ご了承願いたい。
もしDJやったらという理想はあります。
それを2つ紹介します。
・ピークタイム時における強力なブレイク。
曲の中に含まれるブレイク(ブレイクというのは一度静かになる事だと思ってください。その後にゆっくりと幻想的な高音のシンセリフ、ストリングスなどが入って来ます。その瞬間の楽しみ方というのは目を瞑り、両手を広げて天を仰ぐようにして、ゆっくりとからだを揺らします。同時に体を左右にゆっくり動かすというのも相互効果を得られます)をもっと大掛かりな視点から捉えます。
似たようなビートがずっと続くので、どうしてもマンネリ感が出て来ます。
そこで例えばですが、バッハのプレリュードのような曲を選曲するというのが、強力なブレイクの案です。与えられたプレイ時間の中で流せる曲数が限られます。
その中で出来る限り徐々に盛り上がりを作り、あえてこのような曲を流す。
人は変化に敏感です。
急に悪臭が漂えば不快感を抱くはずです。
しかし、甘い匂いには誘われてしまいますよね。
ですから、一度盛り上がりを作った後に、徐々にフェードアウトさせて、クラシックを流します。
ただ、この選曲がとても難しいです。
モーツァルトでは品が良過ぎるし、ラフマニ、ベートーベンは重すぎてブレイクの意味が無い。
ショパンのようなピアノ曲を流すのは、そのあと戻れない感じがするので駄目でしょう。
でも、バッハのプレリュードでは合わないですよね。
奇抜な選曲が、上手い具合にはまりさえすれば、とんでもないブレイクになると思うんですけどね。
こういうのはどうでしょうね。他にサラブライトマンなんか普通にいけるような気がします。
・二つ目の理想。
トップバッターはボサノバカフェ風に。
というのが僕の理想。
開始直後はお酒も回っていないし、がんがんに踊ってやろうって人はその時間帯にいません。
ボサノバかけるイベントは結構ありますよね。
テクノ系のイベントではアンビエントとかがその後に繋がりやすいでしょうか。
中にはOPENからがんがんやっちゃうイベントもありますが、あれでは後が辛いです。
最後はちょっとした欲望です。
僕はDJになったら絶対にくるりのWorld's End Supernovaを流そうと思っていました。
だったらこの際全て日本人のそれもJ-POPメインで選曲してしまえという企画です。
Love Psychedelico - Lady Madonna
Ego-Wrappin' - くちばしにチェリー
Bird - Game
元気ロケッツ - Heavenly Star
capsule-JUMPER
SuperCar - YUMEGIWA LAST BOY
Denki groove - 虹
QURULI - World's End Supernova
Yuki - Joy
こんな感じで、うーん、Ego-Wrappin'はどうしましょうww
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Mac起動しました。
バックアップ終わりました。
この際、本体を初期化しちゃいます。
けっこう時間かかるので、やっかいです。
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Macいかれました…
起動しません。
書きかけの小説が…
作りかけの曲が…
今までのデータ、全部消すことになると思います…
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いえ、
かなり欲張りだと思います。
地球上に何人の人間が生息しているでしょうか。
僕はだれよりも音楽を好きでいたい。
彼らの頂点でいたい。
欲張りでしょうか…。
それでも、僕は音楽を好きでいたい。
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君は弱すぎる。
僕が手を出したら、
君は目を瞑り、
何もできないまま、
その場に立ち尽くすだろう。
しかし君は、
僕が失ってしまったものを、
かけがえの無い大切なものを、
まだ失ってはいない。
今のままじゃ、
それは遠くへ離れていってしまうだろう。
そんな君に、手を出すまでもない。
君は失って初めて気が付くだろう。
かけがえの無いものが、
こんなにも近くにあったのだと。
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まだまだどころか、全くわかりません。
今日は外人さんと英語チャットをしました。
音楽が好きですとか、溶けそうに暑いですとか、毎日アイスクリーム食べてますとか、
そんな話をw
相手は幾つの人だったんだろう。
それさえも分かりません。
でも、その人の書いている英語のブログをちょっとずつ読んでいこうかなと思ってます。
知らない単語は辞書を引いて調べる。
ネットでインチキしない。
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あまりにも時間がなくて本も読めないので、
仕方なく1時間早く起きることにして、朝食前に読書タイムを設けました。
しかし、眠すぎます。
初日は1時間で2章読みましたが、翌日は1章しか読めなかった。
ほとんどウタタ寝状態…。
それなら寝てたほうが良いのでは…と思ってしまいますが、
会社には余裕をもって出勤できますし、いつもより仕事のスタートが調子良い。
頑張って継続していこうと思います。
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何故だろう…
2巻に突入してからなかなか進まない。
音楽をやる時間もない。
料理の方は、ざるそば、そうめんとかラーメンとか…全部麺w
(ボビーは狩野英孝に向かって「ラーメン、イケメン、僕つけ麺!」とボケてました)
振り返ってみると何してたんだろうっていうようなね、
何故だろう、蒸し暑いせいか?
時計を見て、もう一度時計を見ると5分過ぎてるような…
何故だ…?
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毎日毎日蒸し暑く、ついクーラーや除湿に頼りがちになっていませんか?
この時期は5分程度のウォーキングでも消費エネルギーが高いのです。
梅雨明け前に有酸素運動を実行して、
夏の海水浴やプールに向けて体を引き締めてみるのもよいかもしれませんよ?
ジムで汗を流すのも、自宅でちょっとしたエクササイズをするのもかまいません。
気になっている部分痩せというのも、今の時期はチャンスです。
僕もこの雨季を利用して体の引き締めに成功しました。
以上、うそ臭い結果報告でした。
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昔からあるであろう音楽屋で、今は時代に乗り遅れてしまった感のあるお店に立ち寄りました。
ピックを失ってしまったので、新しくソフトタイプとハードタイプのものを2つチョイスしました。
裏にsanrioというシールが貼られたピンク色のピックはオマケでもらいました。
正三角形のようなピックを今まで使用していましたが、
使っているうちに持っている場所が変わっていってしまったので、
二等辺三角形のような形のピックにしてみました。
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1756年1月27日、ザルツブルグでヴォルフガング(モーツァルト)は生まれた。
彼は6歳になると、文字が書けるようになる前に作曲を覚えた。
4つ歳上の姉ナンネルが学んで弾いていたクラヴサン(チェンバロ)の曲を聞きながら、
自ら作曲をするようになった。
父レオポルトはその才能を旅を通じて世間に知られようとした。
1769年、ヴォルフガング(当時14歳)はこの時のイタリアの旅行でイタリアに魅せられ、改名した。
正式名称であるヨアネス・クリソストムス・ヴォルフガング・テオフィルス・モーツァルトから、
ヴォルフガング・アマデウスと名乗るようになる。
テオフィルスというのはギリシア語で<神を愛する者>という意味にもなるのだが、
今まではこれをドイツ語にしたゴットリープ<神に愛される者>という名を用いてきた。
それをイタリア式に変え、ヴォルフガング・アマデウスとなる。
イタリアではどの町でも成功を収めた。
チェンバロ協奏曲を初見で弾き、ヴァイオリンを演奏し、即興で詩に曲を付け、さらには自作のシンフォニーを披露するなどといった、14のプログラムを難なくこなした。
聴衆の喝采を浴びたのは言うまでもない。
モーツァルトの才能は計り知れない。
グレゴリオ・アレグリの作曲した聖務日課の音楽ミゼーレ<この曲はローマ教皇庁の内部、教皇礼拝堂でしか聴けない門外不出の秘曲>を1度聴いて丸暗記し、その日のうちに楽譜に書き写している。
それを後日教会に持ち込み、間違い箇所を修正した。
その曲はまたたく間に広がってしまった。
1984年、当然だがヴォルフガングはこの世を去っている。
1791年が歿年となっているので、それから213年後の事だ。
その年、米アカデミー賞で映画「アマデウス」が作品賞を受賞した。
「アマデウス」ではヴォルフガングが青年の時期から描かれている。
構成としてはアントニオ・サリエリが語り手となり、物語られてゆく。
映画ではサリエリがヴォルフガングを毒殺したという話になっているのだが、
これは今では完全に否定されているが、当時は大きな噂が広まっていたという。
ラフマニノフやベートーベンの映画では数多くの苦悩が描かれているが、
それに比べてこの「アマデウス」という映画では楽観的な姿が描かれているのが印象的である。
最もそれはサリエリが嫉妬を抱く根本的な原因として、少しオーバーに描かれている部分もあると思う。
何せヴォルフガングは今の言葉で言う”耳コピ”が大の得意なのです。
その上、即興でそれを披露し、曲の2週目にはより複雑なアドリブを加えて、魅力的な曲に変えてしまう。
クラシックの世界には変奏曲と呼ばれるものがあり、人の曲をアレンジすることもわりと一般的だったようですが、モーツァルトはそれをあまりにも簡単にやってのけるので、原曲が単調に聞こえるようになってしまった。
というのは事実かどうか分かりませんが、映画ではそのように描かれ、その不運な人物がサリエリだったという訳です。
映画ではラストにレクイエムを作曲するシーンがあるのですが、その場にはサリエリが立会い、彼が譜面に起こしている。
シーンの最後で「僕はずっとあなたに嫌われているものだと思っていた」という感謝の気持ちを込めた謝罪をサリエリにするのですが、ここでは純粋さ、素直さが描かれています。
残された書記によると、彼は本当に純粋な人だったらしい。
映画を作るにあたって、ヴォルフガングというキャラクターを作ることに成功していると感じました。
この映画ではサリエリがジャファーのような悪役を演じているのですが、
本当の彼はそうでは無いみたいなので、勘違いされないように宜しくお願いします。
サリエリは毒殺説が有名になりすぎたせいなのか、今日のレコ屋ではあまり見かけません。
行き付けのお店でも、サリエリのCDを見かけたのは一度だけで、それもたったの1枚。
ですが、今でも誰かが演奏を行ったという事は事実でした。
それが時々であれ、近年のうちに誰かの耳に届いたことは確かです。
そう思えば、彼も報われるような気がします。
四百年前の人々が、今私たちが聴いているのと同じ音楽を聴いていたということにです。
そういう風に考えると、なんだか妙な気がしませんか? <1Q84 - 村上春樹>
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おはようございます。
午後6時ですが、今目覚めました。
あと1時間半もしたら出勤します。
昼酒が多かったせいか、記憶が曖昧としています。
よくよく思い出してみると、特に何もやらなかったのですが…
コメントしたことも殆ど覚えておりませんでした…あしからず…。
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まあ、だまされたと思って。
英語ばっかりだけど。
Welcome to Japan's Official Travel Website
ちなみにオイラは缶ビール2本飲んで、泡盛2杯飲んで、今からカレー食べます。
グダグダして寝ます。
おやすみなさい♪
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その発言がいつだったか、それも雑誌でのコメントだったか、テレビでのコメントかさえ分からない事ですが、(おいおい…)
相方の田中さんが、
「こいつはねえ、テレビでは毒舌言ってるけれど、収録が終わってから大体後悔しているんだよ。
言わなきゃいいのに、言っちゃうんだよ、こいつは」
と言ってました。
(今思い出しました。これらはテレビで見ました)
一方、太田さんはというと、普段から田中さんのことを酷く言っています。
「こいつはね、何にも考えてないんですよ。
自分さえ良けりゃ良いと思ってる。
そんな人間なんですよ」
なんてね。
大田さんは日曜の朝には1週間のニュースに絡んだことを発言していて(つまりサンジャポですね)、時々とんでもない事を言い出します。
だけど、僕は太田さん好きだな。
毒舌って言うと北野たけしや、やしきたかじんとか、いかにもって感じの大御所もいるけれど、俺は太田さん好きだね。
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テーマは陪審員制度について。
その道の研究者である後藤昭さん(刑事訴訟法)がゲストでした。
予想していた回答とは裏腹に意外な事をおっしゃっていました。
陪審員制度が設けられた事によって日本の裁判は変われるかもしれない、と。
日本の刑事裁判を特徴とする確かなデータとして、起訴されたら99.9%が有罪となるようです。
当然ですが、もし自分が陪審員に選ばれたらどうか?の問いに対して、
爆笑問題の田中さんは、嫌だ、面倒だ、自分の手で人を死刑にしたくない、と答えた。
それは僕も同感だったし、番組としては多くの日本人はそうだろうと流した。
話の流れでは、その後に、皆が有罪と言っているなら有罪にしてしまうのではないか、という話になっていった。
それについて後藤さんはこう答えている。
案外、模擬として行われた裁判では無罪になっているのだ、
それは何故かというと今までの裁判の制度は裁判官が判定を下す。
そこには過去のデータや実績から、こうであると下されることが多い。
ところが、不慣れな陪審員には経験がない。
だからこそ、ああだこうだと考えて意見が出る。
そう言われてみると、陪審員制度がこの先10年も続けば、
国民にとっての民法、裁判のあり方が変わってくるかもしれないと思った。
それはあくまでも仮定にすぎないのだけど。
後藤さんはこうも述べている。
大事だと思うのは、法律っていうものが、自分たちのルールだっていうふうにみんなが思っているだろうかっていうところですよね。
私、日本ではね、あまりその感覚はなかったんじゃないかって。
法律と自分たちの仲間内のルールは違うんだと…
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物であれ、何であれ、作品を仕上げるまでには様々な工程があり、
最初の形状から、或いは無の状態から、常に変化が加え続けられると思う。
1時間、時には1日、1週、1ヶ月、1年おきに。
徐々に形が現れ、その度に作りかえられていく。
(文章で言うなら推敲していく)
何かを表現し続け、今までにない何かを求めない限り、
アーティストは朽ちて枯れてゆくのではないでしょうか。
アーティストにとって変化というのはとても大事な事だと僕は思う。
そこには想像を絶するほどの葛藤や苦しみがあり、
常に自分との戦いであって、実体の無い痛みとの戦いであると僕は思う。
それ故にアーティストはアーティストで有り続けるのだと思う。
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Madonna - Frozen
この曲はとてもかっこいいです。
(何だこの感想は、初級英会話の日本訳を聞き過ぎた所為でしょうか…)
嫌いな理由は述べられますが、好きな理由はなかなか難しい。
そんなことを某田中君に聞いてみたところ、
「どっかのおっさんがラーメンの感想を求められて同じことを言ってたよ。
うまいものはうまい。まずいものには理由がつけられるってね。」
という回答でした。
上手い事いわれてちょっと悔しいですが、そういうことですw
5回も繰り返し聞いてしまって、結局部屋でCDを流しました。
Madonnaのアルバム「Ray of light」に収録されてます。
-Ray of light-
1. Drowned World/Substitute for Love
2. Swim
3. Ray of Light
4. Candy Perfume Girl
5. Skin
6. Nothing Really Matters
7. Sky Fits Heaven
8. Shanti/Ashtangi
9. Frozen
10. Power of Goodbye
11. To Have and Not to Hold
12. Little Star
13. Mer Girl
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※ちょっと文の感じを変えてみてトライ
ストレスという精神的圧迫感はどうもいけ好かない。
気にしなければそれで良いのですが、ひどくなると浄化していかない。
小さな事であれば占いの運勢が悪かったから、厄年だから、雨男だから仕方ない、と言ってしまえば良いのかもしれません。
やっぱり中にはそう言い切れないものもある。
困ってしまいます。
例えばスポンジのようなイメージであれば、どれだけ圧迫されたって元に戻ろうとできるのですが、
そうもいかないものですよね。
僕が車を売ってしまった動機としては何もかも捨ててしまいたかったというのがあります。
いずれ仕事も辞めて一から新しい場所で始めていこうじゃないかと思っていたのです。
ところが、いざ車を捨ててしまうとこの生活はとても惨めなものに感じてならなかった。
毎日のように乗っていたし、深夜だろうが行こうと思えばどこだって行けたのです。
その気になれば日本中を走って周れたかもしれなかった。
車の無い生活というのはとにかく行動範囲が狭くなり、そういう目に見えない圧迫が常にありました。
これだけの事に1年経っても後悔していましたね。
僕は煙草に関してはそんなに依存していなかったので、あっさりと断ち切ることが出来た。
しかし車はそうはいきませんでした。
きっと煙草を辞める人も同じように悩むのだろうなと思いました。
煙草を辞める為に悩んでストレスを抱えるくらいだったら、この際ですが生涯愛煙家を宣言してしまっても悪くは無い気がします。
ある著人が「煙草によって人は深呼吸をし、リラックスできる。鼓動がスローになり、脈拍がさがる。心臓が鼓動を打つ回数が決まっているのなら、煙草を吸い続けるという事にもメリットはある」と言ってました。もっとも肺癌で身をボロボロにしてしまってはそれどころではありませんが。
面白い映画があるので、ついでに紹介します。
マイケルダグラス主演のフォーリングダウン。
社会的ストレスを抱えた会社員が様々な要因でヒステリックになり、トラブルを引き起こしていく物語。マイケルダグラスと言えば近年ではアルパチーノ、それから一昔前のロバートデニーロばりのこわもて役を演じるようになってしまいましたが、この映画では若い感じがします。
レンタル屋にあるという保証は持てませんが機会があればどうぞ観てください。
話のメインは大雨の話ですが。
自転車ではどう足掻いたって敵いませんので雨宿りをしました。
雨って本当に鬱陶しいですよね。
体を這うように流れ、自分の存在を露にする。
こっちは自分の事など忘れてしまいたいと思っているのにそうはいかない。
長い間くるりの「The World is mine」を聴きました。
アルバムの残り半分ほどを聴いていたので、かなりの時間雨を眺めていました。
今でもよくわからないのですが、あの時は嫌いだったはずの雨がそんなに嫌に思えませんでした。
僕は強制的に休息をとらされたのではないかと思っています。
思えば常に何かに追われるように、ゆとりのない生活を送っていました。
ためこんだストレスがこの時にある程度浄化したのではないでしょうか。
たまたま聴いていたくるりですが、最後のパール・リバーは大雨の中を小舟が漕いでいるような感じに聴こえ、それもまた、たまらなくよかった。
久しぶりに音楽はいいものだなと思えました。
音楽が好きだった自分にさえ自信が持てなくなっていましたが、
この日はとても懐かしい自分に巡り会えたような気がしました。
僕はその日に何かを考えていたかというと、そうではないのですが、
時々その日の事を思い出してアレコレ考えます。
考えた事、続ヒューマンシステム
僕にとっての車とは社会的なステータスだったのではないかと。
この国には社会と言う、とてつもなく巨大な力が日々動いている。
人間の本能が何かと問われたら、よくわからない。
どちらかといえば、本能よりも精神の欲動で生きている。
この社会が作った世界で育ち、感じ、吸収し、成長を成し遂げる。
もし仮に自分の親がベトナムに移っていたなら、
僕は今頃こんな車の事で悩んでなんかいないだろう。
日本に生まれたからこそ、車にそれだけの価値を覚え、失う悲しみを受けた。
それだけの話だった。
結局それの積み重ねで自分を嫌いになった。
雨も同じように思える。
僕の都合でものを見ようとすれば、雨は鬱陶しくてたまったものじゃない。
自転車になんて乗れたものじゃない。
しかし、視点を変えて見れば、僕も雨もそう変わらなかった。
僕には生きる価値など無いのだろうと思う、
だからといって社会のもたらす副作用に惑わされる必要もないのだ。
僕はガラクタであり続ければいいのだ。
時々何かの役に立つこともあるだろう。
この先はそれくらいで構わない。
そのほうがずいぶん気楽だった。
人は何かある度に何かのせいに出来るのであれば、
何でもない事を何か理由をつけて幸せにだってなれるはずだ。
人生では嫌だと思ったことでさえ、経験というプラスになる。
だとしたら、世の中の誰一人もがマイナスになる事など無い。
ゼロかプラスかどちらかしか無いのだ。
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※暇な人にしかオススメできない内容であしからず…
今朝も雨が降りました。
傘を差して道を歩くのも、そんなに悪くないなと思えるようになりました。
ウォークマンでジャズを聴きながら(実はrough laughなんですが)雨に濡れないようにそろりと歩きます。
雨の話を書きながら、僕は雨のことを少しだけ嫌いではなくなったのでないか。
好きかと問われたら分かりません、そもそも好きという理由を述べることなどできるのでしょうか。
本当にそうだと言い切れるでしょうか、それは無理です。
少なくとも僕にはですが。
雨が嫌い/雨が好き、について。
ご存知の方もいるかと思いますが、現在連載を打ち切っています。
大きな理由としては失敗だったこと。
どこかに投稿するつもりで長編のお話を書こうと思ったのですが、
連載と言う形では無理がありました。
現在は初めから書き直していまして、来年か再来年にはどこかに応募しようと思っています。
もう一つ理由があるのですが、
それは先月の祖父の生と死でした。
生前のうちから、心のどこかで、祖父の死を受け入れたまま1ヶ月程過ぎました。
祖父は難しい人であり、そして僕なんか比ではなく、真っ正面を向いて生きている人でした。
そして祖父が最後に残した生と死は想像を超えたものでした。
そこで感じたものは曾祖父、曾祖母の死とも違ったよく分からないものでした。
僕は小学生の時に一度死を覚悟しているのですが、
それ以後は死にまつわる文献だとか、小説だとかを読んでアレコレ考えてきました。
もちろん自分の最後についても幾つかの理想というか、どうせならこうでありたい、と言うものがありました。
それは、人それぞれの数多くある考え方の一つに過ぎないのですが、
雨の話はそれを中心に置いて話を進めていましたので、
祖父の死を経て、今まで進んできた話の芯がズレはじめてきました。
結末も当初の予定とは変化してしまい、とりあえずこれ以上書いても何の意味も持たなくなりました。
なんか深い話になってしまったのでこれ以上は書かないほうが良いと思いますが、
そんなわけで雨の話の連載は中止となりました。
解説も含めて。
もともと雨については大嫌いでした。
そして高校の時に書いた”雨が嫌い”(一話目にあたる部分です)が某田中君にウケたこともあって、
もうちょっと小説を書いてみようかなというきっかけになりました。
続きを書きたいとは思っていたのですが、なかなか先が思いつかずに足踏み状態でした。
今年の初めに知人が、雨は好きか、と聞いてきたので、はっきりと嫌いだと言いました。
その人は雨そのものは好きではないけど、雨の日にはお気に入りの傘を持ち歩くのだそうで、
タイトルとしては雨が好きよりも、傘が好きになってしまうのですが、
よし、雨が嫌い/雨が好きとして過去と未来を描こうではないかと思いました。
クライマックスとしては雨が嫌いの最後となる、雨が好きの始まりの項になります。
まあ、続きはまた明日(笑)
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縦書きのブログが無いかなあと思って探していたら在りました。
読みやすい、わかりやすい 縦書きブログ
ところがこのサイトはまだ実験中らしい。
一般向けには運用されていないということで、待ち遠しいです。
ちらっとサンプルを覗いて見ると、なかなかいいじゃないかと思った。
もし運用が開始された時には、この際そちらに移行しようと思う。
それによって今までのこのブログの全てを失ってしまう事になります。
いままでわざわざコメントして方々にして大変申し訳なく思いますが、
その時はどうぞご理解くださる様、お願い申し上げます。
ああ、待ち遠しい。
これで長文を心置きなく書けるぞ。
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ポッドキャストの中でそんな文が出てきたのだけど、
この言葉の使い方は、
「おいおい、俺は一体何してんだ」
って普段言葉に出すのか分からないシチュエーションでの言葉です。
歯ブラシに歯磨き粉でなくて、洗顔フォームを付けようとした、みたいな。
で、オイラはこの文章を夜中の3時に駅前を歩きながら、繰り返し言葉に出していたので、
分かる人が聞いたら、”That's right”なんて言われるかもしれない。
というのも夜勤を明けて昼間に熟睡してしまったものだから、
夜になって眠れなくなってしまった。
ちょっと蒸し暑いし部屋のクーラーを入れるくらいなら、
ちょっと歩いて涼しいデニーズで本でも読んだほうがマシだろうと思って出掛けました。
デニーズでは220円でおかわり自由のコーヒーが飲めるので(おかわりするとプラス料金がいるのかな)読みかけだった村上春樹氏の村上朝日堂 うずまき猫の見つけ方の続きを読みました。
※早く1Q84を読みたいです。
ちょっと疲れてきたので、ポッドキャストの続きを聞く事にしました。
デニーズ店内では声に出して繰り返して練習する訳にはいかないから、
店を出て歩きながら練習をしました。
駅前を通り過ぎながら”What am I doing?”と言って歩いていたのですが、
オイラはきっと不審者の部類に扱われるだろうなと思っておかしかったです。
それはそうでしょうね、大体夜中の3時に英語の練習をしながら歩き回るなんて非常識でしょう。
まあ、これからは気をつけないといけないなと思っています。
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46歳没。死亡時の診断結果は医師の判断で家族にのみ告知され、翌14日に広島県警中央署が死因はバックドロップによって頭部を強打したことによる頸髄離断(けいずいりだん)であることを発表した。
オイラは死についてあれこれ考えてみたり書籍に目を通してみたりはするけれども、
この記事に目を通してみて何というか…
とにかくコメントが出来ない。
1ヶ月前のことですが、
道沿いを歩いていたら鈍い音が聞こえて、
どうやら動物が車に弾かれた模様。
オイラはその動物をずっと見てあげることしか出来なくて、
そして苦しんだ末に亡くなりました。
人間社会というのは、
一体なんだ?
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ブログを書いている時間というのは意外と時間が過ぎてしまうもので、
小説ネタのときは一度Wordの方で続きを書き上げてからUPするようにしていますが、
雨の時なんかは1話に1時間かかった時もありまして、人生を無駄にしてるな、と我ながら思いました。
パール・リバーの方は僕が好きな分野なのでサクサク進むのですが、
雨みたいなじっとりとした重たい流れの話というのはとても難しかった。
あ、話が反れてしまいました。
それで、ブログを書いている時間に、
別ウインドウでNO MUSIC , NO LIFE & NO PAY☆を立ち上げておくんです。
最近は(って今日だろ)キセルを聞きながらブログネタを思い浮かべたり、書き綴ったりします。
youtubeの有り難いところって聞き終わった後に、同じグループの動画が幾つかピックアップされるところ。
次はこの曲を聞いてみようと、2曲目、3曲目を聞くわけです。
youtubeにUPされてる動画って著作権があるものは違法だよね。
そういうの良くないと思うんだけどさ、
いろんな人が聞ける機会、初めて知ることのできる機会を潰してしまうのもなんだかなあって感じでね。
著作権ってアーティストよりも、会社を守る為のものでしょ?
ってオイラは思っちゃうんだな。
本来は違うんだろうけど。
会社に叩かれてしまえば、間違いなく敗北してしまうと思いますが、
好きな空間は共有したい。
ってオイラはわがままですね。
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お元気にお過ごしですか?
季節はすっかり梅雨模様ですね…
と書き出したほうがよいのか、なんだか久しぶりのUPのような気がします。
初級英会話のポッドキャストをウォークマンに入れて持ち歩いています。
ポッドキャストってあまり好きになれなかったんだけど、
こういう使い方は本当に良いなあ。
内容は初級というだけあって中学生の時に習ったようなレベルで、
さすがにこれなら言っている言葉の単語が聞き取れる。
(なんとか)
解説も丁寧で何度かリピートするうちに、「ああ、こう言っているのか」と分かる。
英語能力はとても煩悩なオイラですが、
大体わかるけど、あとちょっと分からないというレベルはなかなか面白いものです。
きっと中学の時に躓いてしまって、それっきりだったんだなと思いました。
続くかどうかはオイラ次第ですが、特に高望みせずやっていきたい。
検定受けてみようとか、そういうのって目標として分かりやすいけど、
今のオイラはそれ以前のレベルです…
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一時期ですが、競馬予想がメインみたいになっていました。
競馬と言うとどうしてもギャンブルと結びついてしまうのだけど、
僕の場合そうでもなくて、どうしても今と昔を結びつけてしまう。
僕が高校生の頃に走っていた馬が、今では種牡馬になっていたり、母親馬だったりするのです。
あの頃に走った馬、予想していた馬を怒濤の勢いで追い越していった馬。
今思えばそんな末脚の馬が父親であれば、巻き返しがあるかもしれないなと、
穴馬にも◎をつけようとしてしまう。
それから、同じ父親の馬が隣同士の枠になった時は、兄弟争いがあるのか分かりませんが、
たいてい好走してくれます。
馬にも心があるのでしょう。
その声を聞く事はできませんが、なんとなくそうではないかと思えます。
馬がどんな気持ちで走っているのか、そんな事は皆無ですが、
僕が思うには、人間でいう陸上競技とは違うのではないかと思う。
どの馬も全力疾走しているとは限らないし、
馬の集まりの中では勢力からの八百長もあるのではないかと思う。
これは人間が意図的にという事ではなくて、
あくまでも、馬の習性としてですが。
あまり面白そうではないなと思うかもしれません。
まあ、それでも良いです。
もし興味があったらこのレースを観て頂きたい。
僕が一番好きなレースです。
平成8年第44回 阪神大賞典
ナリタブライアンVSマヤノトップガン
仲良しの馬が並んで走っているのか、
それとも真剣勝負か、
一体どちらだろうね。
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おかしな歌です。
だけど、とても面白いです。
PC上にチャット画面を表示させて、
このコード進行はどうだろうかって言いあって、
お互いギター弾いて。
こういう日が来るとは思わなかったよ。
彼とは一度、いや二度になるか、一緒に曲を作りました。
僕は大体鼻歌でコードを鳴らして、彼がそれをギターで音にして。
あの頃のそれも面白かったが、今はコードを鳴らす事ぐらいはできるようになった。
向こうで彼が弾いた音を、僕がこっちで弾いてみる。
ああ、なかなかいいじゃない、と。
そんなコメントを送る。
僕が音楽ソフトにコード進行を入力して、Voメロディを乗せて彼に送る。
彼はそのメロを聞いて歌詞を書く。
そして僕が歌う。
いずれ彼のギターも録音する。
それがどんな曲になろうとも、多分それ自体に大きな意味はないだろうが、
僕にとってはそれでもいいさ。
名曲であれ、迷曲であれ、どちらでも構わないさ。
とにかく今は楽しい。
すごくね。
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絶望=苦悩-意味
絶望+意味=苦悩
福島智(ふくしまさとし)/爆笑問題(太田/田中)
福島:私は、何が幸福か不幸かっていうのは、もちろん人によっていろいろあるだろうけれども、すごいしんどい経験をした時にね、つらさ、苦悩というのも何か意味があるんじゃないかなと思うことにしようと。実は同じようなことを言っている人はたくさんいることが分かって。ナチスドイツの収容所に入れられた経験のある人で、ヴィクトール・フランクルという人がいるんですが。彼の本を読んでいて、すごい公式に出会ったんです。
その公式は、絶望=苦悩-意味って言うんですね。
左辺に絶望があって、絶望=苦悩-意味。これは何を意味するかというと、“-意味”を移行したら、絶望+意味=苦悩ということです。意味がない苦悩が絶望である。
で、苦悩と絶望は違うんだっていうことを、彼はアウシュビッツの経験から言っていて、私は同じことを18歳の時に考えて、全然違う時代と状況で似たようなことを考えている人がいるっていうことに出会って、すごく感動しましたし。何が幸福か不幸かっていうのを考える、そのさっきの三つのフィールドの議論の中で、すごく重要な意味を持つのかなと。苦悩があるから、しんどいから不幸だって簡単に考えるのではなくて、意味をそこに見いださせれば、それは絶望ではない。新しい豊かな人生が見つかるかも分からないっていうふうに思っています。だけどそのことと、具体的にどんな取り組みをするか、社会としてどんな取り組みをするかっていう話と、分けながら議論をして、その関係を考えていくっていうことが大事かなと。

文章と画像は爆笑問題のニッポンの教養より拝借致しました。
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くるり 横濱ウィンナー(ライヴDVD)
村上春樹 1Q84(説明するまでもなく…)
メーカー問わず ほうきとちりとり(鳥の巣の残骸を片付ける為…)
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ベランダにあるエアコンの室外機の上に鳥が巣をつくってしまい、
すごいゴミだらけになってます。
早速、巣を撤去しました。
なんとか移動させようと試みましたが、落下させてしまって、
中にあった卵を割ってしまいました。
ちょっとブルーな日になってしまいました。
ちょっと遠くの電線の上に2羽の雀?がいました。
かわいそうに…。
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行って来ました。
店内はかなり盛り上がっていました。
何といっても前半に岡崎がゴールした事によって大フィーバーです。
何度か店内の写真撮影を試みましたが、
あまり盛り上がっているようには写らなかったので消去しました。
個人的な事としては、当日から喉が痛くて、お酒を飲めなくて残念でした。
それから店内にある幾つかのテレビは遠い、小さい、映像が悪いという理由から、
じっくり観戦するのであれば自宅で観る事をオススメします。
メインは100インチのスクリーンに投影されていたのですが、
映像がボールの速さに追いつかず、どこにボールがあるのかわからない。
また、解説の音声も殆ど聞こえないので、誰がボールを持ったのかよく分からない。
店内にいた僕らにとってレフェリーが判定を下したジャッジに納得いかない人も多く、
(プレーそのものもよく見えない)
カードが出るたびにブーイングでした。
家に帰ってから、録画していたビデオを見直していたら、
終始にわたってファウルすれすれのプレーをしていた事に気が付いて、
やっとカードが出た事に納得しました。
スポーツバーでは一つの流れのようなものがあって、
誰かがブーイングをすると、また誰かがブーイングを重ねていき、
ウズベキスタンと審判が悪者のような扱いになっていました。
そういうのは良くないなと思いました。
岡田さんの退席処分や試合後のコメントが全く聞こえなくて、
その真意を知ることができたのは翌日の夜。
(ビデオを見て知りました)
きっとスポーツバー等で観戦するのはこれが最後になるだろうなと思う。
良い経験になったとは思うけどね。
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中村俊輔、中村憲剛、岡田監督による三者会談の様子。
ウズベキスタン戦で残った課題について約10分間ミーティングを行ったそう。
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オイラとしては坂本冬美もいいなと思う。
7が揃うと「夜桜お七」が流れるのでしょうか。
フィーバーって雰囲気はあまりしないけどね。
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ずいぶんと長い間お世話になっている美容室です。
通い始めてかれこれ6年が過ぎました。
話のついでに、つまりオプションとして髪を切ってもらっているような、
そんな感覚で通っています。
NIL HAIR DESIGN ニル ヘアデザイン
TEL 0561-61-0234
愛知県長久手町の藤ヶ丘駅から徒歩15分くらいでしょうか。
広めの公園が見えたら裏道に入ります。
しばらく歩くと隠れ家的な感じでそのお店がありまして、それが何ともお洒落です。
店内にはターンテーブルとレコードが置かれていて、
いつも流れているBGMはCDですが、
話の流れでレコードを聞かせてもらったこともありました。
最近はサッカーの話が多くなってきてます。
(オイラの所為かも…)
3ヶ月か4ヶ月に一度お伺いするのですが、
タイミングとしてはサッカー日本代表が試合に勝ったりすると、
そろそろ行こうかな、という感じで電話をします。
「明日は空いてますか」と。
だからオイラの中では髪を切るのが完全にオプションになってます。
まあ、それだけお店の雰囲気も良いし、良くしてもらってるし、
他のお店に行く理由が見当たらないので通っています。
あ、別にサッカーの話ばかりする人っていう意味で載せた訳じゃないから誤解しないで。
きっと何でも知ってる人なんだろうなと、オイラは思いますよ。
家からは電車に乗って30分くらいかかり、さらに徒歩の時間が増しますが、
電車の中ではノラ・ジョーンズを聞きながら本が読めるし、
美容室を出た後は近くにある喫茶店(RISE)でアイスコーヒーを頼んで、
1時間ほど続きを読むわけです。
そこの喫茶店は料理が際立つほど美味しいって事も無いですが、
マスターの雰囲気がわりと好きで、寄ってく羽目になります。
そのマスターですが、
春樹の小説だったなら必ずジャズを流すような雰囲気を醸し出しているのに、
何故かUSENで最新JPOPを流しています。
何故ってことはないよね。
ただ、ジャズに変更したら春樹ファンは語りに来ますよ、という感じの喫茶店です。
少なくともオイラはね。
帰り道に、晴れならtahiti80、雨なら砂原良徳をチョイス。
それは別に決まってない。
今、パッと思いついただけ。
また電車に揺られて30分。
気が付けば半日終わってしまうが、そんな休日も悪くない。
オイラは結構好きです。
最後は何の紹介なのかよく分からなくなってしまいました。
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今日は試しにカラオケで何曲か歌ってみました。
今のDAMの採点方式が以前よりも難しくなってますよね。
91、92点あたりから先に進めません。
しかし、裏声の部分を除いては大半の曲は原曲キーで歌えるようになりました。
ちょっとずつ成長がみられるところが、ちょっと嬉しい。
レミオロメンの曲は意外と点数が伸びません…
キーが低い部分が多く、よほど安定させないと無理っぽい。
あれには参るよ。
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ベルギー戦も勝ちましたね!
素晴らしい。
岡崎の活躍がめまぐるしいです。
あと、本田圭介に山田直樹。
(山田はベルギー戦出なかったけど)
俊輔も松井も次のW杯は無理だろうと推測すると、
この二人が出てくるだろうね。
それから…
ボランチは長谷部。
SBは内田と長友。
CBはどうなるんだろう。
いつまでも中澤、闘莉王に任せるわけにいかんだろうに。
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なぜかわかりませんが、週末になるとアクセス数が増えました。
一応予想が当たってるから文句は言われないだろうと思いますが、
それでこのブログが有名になったらと思うと、
それはどうなんだろうか…
と思う今日このごろ。
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タモリさん「髪、切った?」
つむじ「ええ、切ったばかりなんですよ」
タモリさん「えらく短くしたねぇ」
オチが思いつきませんでした…
すいません。
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これが結構キツいです。
僕が以前購入した本によると、
ヴォーカリストとしては腕立て伏せの立った状態(肘を曲げる前の状態)を5分キープできるように。
それが出来たら、今度はその体勢で歌を歌ってみて下さい。
さらに負荷が掛かるのでより効果的なトレーニングです。
とありました。
ふざけるなと思いながらも、本日見事クリア!
その他に背筋の体勢で5分キープ、腹筋の体勢で5分キープというのがありまして…
そっちはまだクリアできてません。
背筋のほうはなんとか5分維持できるものの、歌を歌う余裕などありません。
腹筋は3分間維持するだけでバタンキュー。
まだまだです…
しかし、東京深海魚は歌えるようになりました。
というかキーが届くようになっただけなんですが、
かなりの進歩です。
そして嬉しいことに裏声も少しづつ安定してきました。
声帯が少しずつ太くなり、強化されてきた証拠です![]()
この本すごいです。
僕が以前ヤフオクで打ち込み用のキーボードを出品したのですが、
その時の購入者がこの本の著者であり、
さらにこの本の付属CDを制作する為にキーボードが使われました。
おかしな循環を経て、オイラはほんの少しだけ成長できた気がします。
実話です。
家に帰ってから著者の名前を見て気がつきました。
早速購入者に確認してみたところ、載せ忘れた情報を親切に教えてくださいました。
超ヴォーカル入門
買ったきっかけ:
スキマスイッチの歌を歌いきる事を目標に購入。
感想:
1週間でカラオケでの点数が5点から10点UP!!
おすすめポイント:
キツいです。
かなりキツいです。
上達します。
※評価にあるように本そのものは楽しくないが、
結果的には信じられない程に楽しめる自分がいる。
超ヴォーカル入門
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![]() | |
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はるばる大阪のスポーツ・パブまで応援しに行きます!
大阪の知人を訪れる為に6日〜7日に大阪へ行く予定だったので、
そのついでにという理由ですが、えらい楽しみです。
「日本代表のW杯出場が決まる日だと思われますから、その日は50〜60人が来ると思います」
そんなマスターの声を聞いたら行くしか無いでしょう。
いやー、楽しみです!!
6/6 PM11:00 kick off!!
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27日 PM7:30 日本代表 対 チリ代表
28日 AM0:30 ベルマーレ平塚(現:湘南ベルマーレ) 対 ジュビロ磐田 (後半から)
※1996年に録画したビデオです。
AM1:30 日本代表 対 ウズベキスタン代表
※1996年に録画したビデオです。
AM4:30 バルセロナ 対 マンチェスターU (前半25分から)
日本代表 対 チリ代表
本田圭祐、中村憲剛、岡崎慎司の動きが良かった。
攻撃に迷いがなくアグレッシブなスタイルをキープできてたと思います。
中盤はボランチの遠藤保仁、長谷部誠がしっかり守って、攻守の基盤になっていました。
最終ラインは闘莉王の代わりに阿部勇樹がよく動けていたと思うが、
何度か裏を通されてヒヤリとするシーンが見られました。
前後半を通してそこを修正できなかったのが残念でした。
しかし、岡田監督は良い収穫になったと表現していたので調整してくるのだろうと期待してます。
後はサイドバックに駒野友一ではなくて長友佑都だったなら当たり負けしなかったかもしれない。
やはり南米選手の当たりは強かった。
18歳山田直輝のプレーも良かったです。
最後のシュートフェイントからのアウトサイドのパスなんか、
緊張したと言いながらもしっかり仕事してくれましたよね。
岡崎も国際試合でのゴール率がとても高くて今後も楽しみ。
これからの中盤の代表争いが激しくなりますね。
松井大輔はちょっと厳しいかもしれない。
今回の本田の攻撃的な姿勢はかなりの高評価だったと思います。
それと、興梠慎三としては今のフォーメーションが1トップ気味なので出づらいかなと思う。
チャンスがあれば是非プレーして欲しいなと思う選手ですけどね。
日本代表 対 ウズベキスタン代表
まずはスターティングメンバーから紹介します。
FW 11 三浦和良 9 高木琢也
8 前園真聖
MF 15 森島寛晃
10 名波 浩 6 山口素弘
DF 2 柳本啓成 3 相馬直樹
5 小村正男 4 井原正巳
GK 1 下川健一
多分ですが、こんな感じのフォーメーションでした。
森島と前園はよく左右チェンジしてたので実際にはどちらだったか分かりません。
この当時の三浦和は国際試合に57試合に出場し34ゴールというポテンシャルを持っていました。
FKも蹴るし、今の日本代表にはいない選手。
これを見てた頃は小学生だったし、ただサッカーが好きなだけだった。
戦術がどうとか知らなかったし、得点に絡む選手ばかりに目がいってました。
前園も三浦和もキープして一人抜いて得点機を作る。
とても素晴らしい選手でした。
そしてどちらも攻撃的でシュートを狙いに行く。
だからこそ、三浦和が打って、キーパーがこぼした所を森島が決める。
そんなシーンに繋がったんだと思います。
なんか昨日見た本田圭祐がシュート→岡崎がこぼれ球をきっちり決めたシーンと似ていました。
攻撃がしっかり機能した試合は勝てるし、相手を崩せるものなんだなと思わされましたね。
さて、僕の大好きな名波選手ですが、ボランチとして頑張っていました。
当時23歳。
そうか、今の俺よりも若いんだなとちょっとボヤキ。
いや、やはり名波は凄かったんだなと改めて実感しました。
山口の守備が凄いなと思った。
ボランチという仕事を当時の僕は理解していなかったのだけど、
山口が相手のボールを奪わなかったらさらに攻め込まれていただろうなと思う。
そうすると相手のシュートチャンスが生まれるから、結果的に負けていたかもしれない。
ボランチ=山口素弘。
そんな声をよく耳にしますが、やはりスペシャリストだった訳ですね。
その意味がようやく分かりました。
結果は森島のゴールが決勝点となって1-0で日本が勝ちました。
バルセロナ 対 マンチェスターU
バルセロナ勝ちました。
マンUファンとしては悔しい気もしますが仕方ない。
これぞまさに最高チームと最強チームの戦い、と実況で言ってました。
ペコ対ドラゴン(ピンポン)みたいなもんかな。
バルセロナはパスを回し続けて、ある意味ではそれが最高の守備な訳で。
マンUは好機を作れたものの、終始バルセロナペースで試合が終わってしまった。
後半にはメッシのヘディング(稀?)が見られて、オイラとしてたまらなく最高でした。
オイラは日本代表のウズベキスタン戦を見終わったら寝るつもりだったのに、
ビデオを消したらたまたま欧州チャンピオンズリーグ決勝をテレビ中継してました。
朝6時には会社の飲み会帰りでそのまま寝てしまったひつじを起こしたりして…
昨夜は結局2時間ほどしか寝てません。
相変わらずオイラは馬鹿だなと、思わず笑ってしまいそうな日々です。
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僕はあまり見てない(笑)
というか、テレビを点けたときにたまたま放送してたら見てる頻度です。 ゲストは最後に「プロフェッショナルとは?」という問いに答えて終わるんだけど、 最近とある雑誌の中で司会の茂木さんが放送を続けてきての意見を述べました。 「結果を残してきている人は自分の中で調度よい高さの目標を立てて、それらをうまく乗り越えてきた。ハードルの高さの調節に優れた人」
という事らしい。 なるほどなるほど、 オイラは設定をうまくやってこなかった気がするし、乗り越えてこなかった気がするよ。 振り返ってみると、多くの事を分かったつもりでやってきたんだなと思う。 その時はそれでいいんじゃないかと思ってやってきてるんだけど、見当違いも甚だしい。 見えない物を定規で測ろうしたようなもの。 その定規だって本当に正しいかどうかさえ分からないのに。
時には曲がりくねった定規が必要な時だってあったかもしれない。
オイラがそれを特別知ってたとかそんなんじゃなくて、
みんなもそれらを知っているのかも知れない。
だけど、やはり測り方がよくわからないのではないかな。
かといって何もやらない訳にはいかないから、
オイラはジャンク品ばっかり作っちゃってるよ。
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オークス予想です。
軸はブエナビスタ。
これは不動です。
対抗にどうしようかという感じですが、
アグネスタキオン産駒が5頭(うち4頭は隣枠に並んでいる)
ここらが怪しいですね。
ワイドサファイア
ブロードストリート
と言ったところでしょうか。
デリキットピースもまだ底知れずといった感じで穴としときます。
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そんな名前の馬がいました。
2000年2月共同通信杯4歳ステークスのこと。(当時は現3歳が4歳でした)
スタートで失敗し大きく17馬身も出遅れてしまった。(時間では約2秒)
しかし最終コーナーでは追い込んで7着という結果でした。
レースを優勝したイーグルカフェからは0.9秒差でした。
ラガーレグルスの最後はその次に出走した弥生賞。
そのレースでスタート前にゲート内でジョッキーを落としてしまい、
ゲートから出ないまま終わってしまった。
その後のゲート練習でうまく成果を出せず、その年の秋に引退となりました。
馬にも個性があり、得意不得意があるものですね。
歴史に残るオグリキャップやナリタブライアンのような名馬はいつまでも名が残りますが、
僕はラガーレグルスのような不器用な馬も覚えていてあげたい。
ウィキペディアに誰かが書き込んでくれていたのでちょっと嬉しかった。
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GOEMONのブログパーツを設置しました。
クリックすると、最後に「五右衛門を追う」と出るのですが、
それをクリックしてしまうと他のブロガーさんのサイトに飛んでいてしまうのでご注意。
ブログパーツを設置しているブログにランダムで飛ぶ仕組みらしいです。
面白いですね。
このサイトに来てしまった人には申し訳ないの一言です。
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退社してから、さて帰ろうと思いきやペダルが回らない。
誰か倒したらしく、何となく変形…
おいおい…汗
直ったからいいんだけどね。
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9月のカムイ伝
夏?秋?の20世紀少年第3章
来年正月、春にのだめカンタービレ2作
楽しみだねー。
そろそろ公開の天使と悪魔は見ないだろうな。
多分。
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理想を持つことは良いことだと思う。
常に1と1を足して2になるように頑張りたい。
機械じゃないから1のままの時もあれば、3になってしまう事もあるかもしれない。
そこらへんは大目に見てもらいたい。
人間はとても不器用なものだから。
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強力な助っ人です。
6試合で6ゴール。
順位を徐々に上げて現在9位。
素晴らしい。
ところで日本人選手は得点ランキングに絡んできてないけど良いのだろうか…
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土曜日に2時間程ボールを蹴りました。
広めの公園でひつじと二人で。
リフティング20回くらい出来ました。
久しぶりなのでそのくらいやると足元がフラフラになってしまった。
思いっきり蹴るほどスペースの余裕が無かったので、
小技の練習みたいな事や、ひつじが蹴る練習をしたりといった内容でした。
真上に高くボールを投げて、落ちてきたボールを足元で止めるとか、
トラップ・ボレーの練習とか。
2日が経ちましたが、体がだるいです。
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レミオロメンの「もっと遠くへ」を聴くと昨年のオリンピックを思い出す。
実家に帰らなければと思いつつも、帰るのが嫌になってしまって家でゴロゴロしていた夏だった。
朝からテレビを付けてオリンピックを見て、昼に何か食べて昼寝をして…
そんな日々が続いていた。
毎日テレビからこの曲が流れていた。
一番印象に残ったのは北島康介だった。
マスコミは金メダルを煽るようなコメントばかりしていて、
”優勝は確実でしょうね。”
なんて雰囲気があった。
あだち充のラフを見ているんじゃないんだから…
などと心のどこかで思っていたのだが、
レースを終えてみれば結果は1位。
不思議な感じだった。
「もっと遠くへ」の歌詞の内容はアスリート魂が宿っている。
凡人向きな内容ではない。
”レースで緊張してしまって思ったように泳げなかった。”
という選手がいたが、
普通はそんなもんだろうなと思う。
経験というのは稀に遠くへ追いやってしまうのかなと思う。
北島康介はとてつもなく強靭なメンタルを持っているのだろう。
WBCでの最後の打席のイチローや、
絶不調だったSPの翌日に、見事フリーで巻き返してしまう浅田真央もその一人だろう。
もっと他にもいるが、限がない。
僕はそんな遠くへは行けないだろうなと思う。
ただ、この曲を聴くと北島康介を思いだす。
それだけの事。
彼らがピンポン(松本大洋)のドラゴンではなく、ペコであって欲しいと思う。
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実家に腐るほどあるサッカーのビデオを掘り出していたら、
前園と中田ヒデが対戦している試合を見つけました。
画像が悪すぎて顔や背番号の確認ができません(笑)
近年のテレビが大型だから、さらに引き伸ばされてしまいます。
最近のテレビゲームより画像が荒い…
当時中田ヒデは19歳。
ゲームメイクがうまいこといってません。
一方横浜Fは開幕7連勝というJリーグ記録タイをマークした年。
この試合は4対0で横浜が勝ちました。
前園のドリブル好きです。
強引に切り込んでゴール決めてやろうという闘志が伝わってきます。
ずいぶん昔話になってしまいました。
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富嶽三十六景を観てきました。
富嶽三十六景が描かれた後に裏富士というものが10枚あるそうで、
実際には46枚かな?観てきました。
実物は想像していたよりも小さな作品でした。
もっと大きく迫力のあるものなのだと勝手に思い込んでいたようです。
しかし、絵の中にある風景は面白いものでした。
どの作品にも富士が描かれているのですが、
同じように描いたのでは面白くないということでしょうか。
様々な富士を見ることができました。
また、作品一つ一つの構図が面白い。
時代背景を感じ取ることができ、
美しさは無いと言えども大変楽しめる展示会でしたよ。
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写真左のチケットはだまし絵展のチケット(ジュゼッペ・アルチンボルド 『ウェルトゥムヌス(ルドルフ2世)』)
右はエッシャー展チケット(エッシャー『上昇と下降』)
中央はサッカーボールです。
前々から観にいこうとしていた名古屋市美術館。
今回は「だまし絵展」でした。
いいなと思った作品はなかなか決められませんでした。
時代背景を探ると当時の傾向があるようでして、
木目、割れたガラス、紙をめくる(布をめくる)
といった本物のように描いた作品。
そして、
額から人が飛び出す、室内が外になっている
といった写真ではできない技法。
それからアルチンボルトのウェルトゥムヌスのように
野菜から人物を描く、魚から人物を描く
というような別のものによる置換だったり。
多くの作品がありました。
ダリ、エッシャーの展示も多くありました。
エッシャーは「昼と夜」が展示され、その作品はとても良かったです。
偶然にも松坂屋美術館ではエッシャー展が催されており、
そのまま勢いで行ってしまった。
エッシャー展というだけあって、かなりの作品を観ることができました。
様々な技法を巧みに扱うので、なかなか面白い作品が揃っています。
中でも面白いのは連続した絵でした。
エッシャーは六角形を永遠に並べてその中に同じ図形を描くことで、
連続した鳥、魚、馬…といったあらゆるものを描くことに成功しました。
「昼と夜」では交差している中央の鳥が2次元で描かれ、
端に向かうにつれて3次元になっていく試みに成功しています。
彼の黒い木版に光を描いていく技術が本当に素晴らしいです。
ついハウステンボス美術館の画集を買ってしまいました。
家に置いてあるので、観たい人は来たときに観てください。
気分が高まる中、サッカーショップKAMOに立ち寄りました。
フットサル用のボール、中学生以上が使用する5号球はちょっと重い。
そして値段もそこそこします。
という事で4号球を購入しました。
リフティングとかちょっとボールが蹴りたい時にちょうどいい。
ひつじもリフティングをやりたいと言ってるから、
5号球で怪我でもしたら大変な事だし。
いつか子供ができたら蹴ってほしいけど、
そんな話はずいぶん先の事だろうな。
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プレミアリーグのインテルというチームにはアドリアーノ、ヴィエラ、フィーゴ、イブラヒモビッチ、カンビアッソといった大物選手がゴロゴロいます。
夜中に寝てしまった試合でもさ、僕はセンターサークル内で動かないままだったにも関わらず4対0で勝ってしまいました。
時にはベンチスタートという日もあります。
そういう時は筋トレをします。
筋肉痛になるまでやると、なんとなく満足します。
一昨年前はスキマスイッチを歌う為に筋トレをしましたが
今年はレミオロメンの為に筋トレをしようかなと。
やっぱサボっちゃ駄目だよね。
久しぶりにやるとJunk Odysseyが本物のジャンクになっていく。
あーあって感じだね。
サボっちゃいかんね。
ホントに。
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52386
-47319
━━━━
5067
計算の仕方について
どうしたら効率よくできるのか悩みます。
(52-47)*1000+(386-319)
52400-47319-14
52386-47000-319
52400-47319
52386-50000+50000-47319
3桁までは計算しやすいんですが、4桁になるとよく分からなくなってしまう。
だから一番上のやり方をよくやってます。
最近こんなやり方も始めました。
86-19=67 , 52-47=5 . 67+5*1000
86-20+1=67 , 52-50+3=5 , 67+5*1000
暗算じゃなくていいんで、誰か劇的なやり方知ってたら教えてくれー
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気が付けば4時間も掃除や片付けをしてました。
毛布を干したりとか、配置を少し変えたりとか。
汚れるのはあっという間なんですよね。
汚すことより、きれいにすることを好きになれば解決するかもしれません。
しかし、
そんなこと僕には無理だな。
こうやってまとめてやってしまいます。
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芸術の深さは計り知れず、それは世界の奥深さや、宇宙の広さのようだ。
たとえ自分がその一部に触れる事ができたとしても、全てを捉える事は不可能だと思う。
良いものにはそれだけの深さがあり、それが良ければ良い程深さが増す。
だから、その奥に何があるのか自分の目で確かめる事ができない。
限界のポイントを越えてしまうと、あとは各自の憶測でしかない。
計る為のものさしが無いから、その深さは誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは誰かの手によって創造されているという事だ。
芸術は誰かが造り上げたアナザーワールド。
僕自身はものさしなど無くても計る事ができるような器しか無いから、彼らには到底およばない。
でも、芸術と向き合う事は自由だから、この先の道が見えなくても向き合えるだけ向き合おうと思う。
僕が良いものと思うものを、誰もが良いと思う訳ではないのが不思議なところ。
それは当然だろうと思いつつも、改めて考えると不思議だなと思ってしまう。
しかし、人が人であることを証明してくれる一つの手がかりかもしれない。
芸術には答えというものが無い。
だから間違いというものも存在しない。
芸術は万物の象徴のようにも思う。
答えも間違いも無いものと真剣に向き合うというのはとても難しい事だ。
答えが無いのであれば、難しいと言う以前に考える事自体が矛盾しているのではないかと思う。
しかし考えなくてはならない。
その奥に何があるのかを…
万物の象徴のようだ。
世の中は複雑で入り組んでいる。
僕が見ている世界と誰かが見ている世界が同じとは限らない。
僕が見ている視界の向こうにある、僕に見えていない世界がどのようなものか分からない。
時々それらを憶測して、物事をうまくやっていかなくてはならない。
それらと向き合うのはとても難しい。
考えようとすればするほど視界が狭くなってしまう。
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こんなタイトルの本があるみたいですね。
9ページ立ち読みできたのでちょっと覗いてみました。
他のタイトルは「へこたれない」、「なげださない」など…
なんだこれはと思いつつも、僕は好きかもしれない。
だけど買ってまで読むかはすごく悩みます。
どうしようかな。
タイトルにあやかって深く考えないことにしよう。
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たまたま見てただけなんだけどね。
プロが脱帽するくらいのハンバーグの作り方やってたよ。
パン粉の代わりに麩を使用するとか色んな工夫がされてました。
いちおうリンク貼っておきます。
(自分で実演して載せろって言わないでね)
ためしてガッテン
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2度だけ音楽の専門学校という所に体験入学させて頂いた事がある。
あの時はタダでお昼ご飯(お弁当)もご馳走になりました。
僕はその二日間でかなりの事を学べた気がする。
それでも大きく分けて二つある。
一つ目は僕が基礎を知らなさすぎる事。
二つ目はここから機械的に大量生産されるようになるんだなって事。
二日目になって僕に与えられた課題は、ある雑誌を手渡されて、表紙のイメージで音を作ってみようというものだった。
時間は1時間のみ。
暗いライブハウスでバンドのメンバーが黄色とピンクのスポットライトを浴びていた。
僕はその1時間でjunkodysseyレベル1にベースとエレキギターを乗せたあたりまで作っていた。
先生がふとヘッドフォンを耳にして「君はオーバードライブとディストーションをどのようにして使い分けてる?」と聞いた。
僕は「別に」とエ◯カ様風に答えてしまったが、その後に「こういう場合はこっちを選ぶといいよ」と言われた。
成る程なと思いつつも、それでは皆同じになってしまうじゃないかという気がした。
その学校の学生さんは僕よりも迷う事なく、せっせと打ち込む事が出来るだろうと思う。
彼らは当たり前の作業をこなせるから、あえて肉じゃがにサツマイモを使用するような事はしない。
肉サツマより肉じゃがのほうが美味しいと思い込んでいるのだ。
恐ろしい世界だ。
僕は肉サツマをあえて作り、やっぱりじゃがいもの方がいいのかなと確かめないと、良いものが分からない。
あえて偽じゃがを作って、食べて、腹を壊さないと、僕には分からない。
不器用だなと思うけどね。
僕の音楽の場合は時間を遡れるから、料理みたいに手遅れにならない。
(まあ僕自身は手遅れだけど)
調味料を入れ過ぎたら取り除けるし、焦がしてしまったら、焦がす前の時簡まで戻ればいい。
そういう点ではすごく有り難い。
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JunkOdysseyいかがでしょうか?
何かとループの多い作りになっています。
ピアノとリズムトラックは無限ループしてます。
他の曲に倣って8小節の度に変化を加えるのが妥当かもしれません。
レベル5以降どのようにしていくか、そろそろ考えていかなくてはなりません。
しかし、僕はどういう訳かこれらの無限ループに退屈さを全く感じないのです。
それが大きな足かせとなり、これまで随分悩んできました。
そして、それこそが僕自身を苦しめ続けた根源でもあります。
僕は1〜4までの作業がものすごく大好きなのです。
その作業は音を足すか減らすかどちらかの事を行っているだけに過ぎません。
それらはメロディーが重なっていくだけのことであり、カラフルなブロックを積み上げて何かを造形しているだけにすぎないのです。
その作りかけの一部にはハッとするようなメロディーや、コード感や、音のタイミングといったギミックがしかけられていていますが、全体像を見渡すと得体のしれない不可解なものになっています。
これらは電化製品のジャンク品に似ているような気がします。
ジャンク品は興味がない人には全く価値のないものでしか無いのですが、
興味がある人にとってはその中にある部品がお宝だったりするものです。
僕は意図的によく耳にするようなトラックに仕上げる事もできるのですが、
その作業というのはとても退屈で面白みがないのです。
あと12時間半の中でどういう方向にしていくのか、そろそろ考えなくてはならない時期です。
話が変わりますが、ダリの絵というのは不可解なものが多くて、面白みがあります。
一つ例を挙げると、踊る男女の形がアルファベットのD・A・L・Iという仕掛けを含んでいる作品があります。
(と書いたものの、人から言われなければ分からないですが…)
それからエッシャーのだまし絵のように果物だけで顔を描いてあるような、ユニークなものが世の中に存在しています。
芸術の世界というのは不可解なものだなと思いますね。
きっと武田双雲が掛け軸に向かって筆を刀のように振り下ろしただけでも、
ネームバリューによって高値がついてしまうのだと思うのです。
僕はそろそろ無限ループを卒業しなくてはならないと思うのですが、
この先の道がまだ何も見えない。
開拓していくしかない。
しばらくJunkodysseyは続くと思います。
その名の通り、ジャンクな旅(放浪記)という感じなので、
楽しんでもらえるか分かりませんが、時間があったら聴いてくれると嬉しいです。
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写真は載せていいのかよくわからないので載せません。
ポッポッポと歌っていました。
僕の知らない曲で登場して、それが終わるとMCに突入。
「さて、いよいよ次の曲がラストになりました」
と言ってGIROPPONを熱唱してました。
六本木の所を※※と地名に言い換えたりして、大盛り上がりでした。
わずか2曲で彼は去っていってしまったのですが、とてもファンサービス旺盛でしたよ。
観客ほぼ全員が写メしようと携帯を向けていると、鼠先輩はそれを取り上げ、自らを撮影して返していました。
ポッポッポと最後までちゃんと歌ってくれました。
たまにカラオケで歌うんですが、最後はキーが上がって歌いずらいのに加え、
ポッポが増えて呂律が回らなくなってしまうんですけど、鼠先輩はやっぱり上手いです!
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先日少しだけお話しましたが、彼は現在1000日で100曲制作中です。
1000日というと3年弱という期間です。
その間ずっとスタジオに籠っている事になります。
もちろん他の仕事の時間を除いてです。
それでも、とても長い時間ですね。
僕には無理だな。
始めて浅倉大介を知ったのは1994年1月のこと。
accessとして「夢をみたいから」を発売した時期だ。
今から15年も前のことになる。
ちなみにこの年の4月21日に小室哲哉率いるTMNが活動を終えている。
浅倉大介のサウンドはTVCMをみて衝撃的に好きになってしまった。
当時の言葉で言うなら「打ち込みの曲」というのは僕にとって斬新だった。
知らない世界には石野卓球や坂本龍一とかいろんな人がいたんだろうと思う。
それから海外には有名なアーティストがごろごろといたはずだ。
僕はそれらの世界に触れる機会が無く、常に浅倉大介を追い続ける事になった。
accessが沈黙し、TMRがデビューし、Icemanが活動し始めて…
そのような流れと共に僕の時間も過ぎていった。
僕は20歳を迎えた頃にクラブに入り浸り、様々な音楽を聴くようになった。
ふと気がつくと浅倉大介から遠ざかっていた。
彼の音楽がどこか遠くで鳴っている程度の存在になってしまった。
様々な音楽に触れると、彼が海外のアーティストに影響を受けたからなのか、よく似た曲が存在していることに気づく。
「浅倉大介はよく人の曲をパクる」という声も多く聞いたし、それらのことはショックだった。
それを認めなくてはならない事がとても悲しかった。
彼自身が訴えられた話を聞かない所為なのか、僕はずいぶん困惑するようになった。
彼に対する信頼は無くなってしまった。
ある日、僕が誰かの古いCDを出してきてメロディーを聴いていると、
かつて僕が作った曲のメロディーと類似している事に気がついた。
意図的にではなく、いつの間にか自分のメロディーとして1曲作ってしまった。
僕はそのような曲をオリジナルとして人に歌わせていたことになる。
事の大きさは随分違ったが、彼と同じことをしてしまった。
そんな時期にあるアーティストが盗作疑惑で訴えられた。
僕はテレビに映っているニュースを眺めながら、彼も意図的では無いのかもしれないなと思った。
昔聞いた事のある曲が深海へと姿を消し、長い年月を経て浮かび上がってしまったのかもしれない。
浅倉大介の曲は素晴らしいかと言われたらよくわからない。
もしかしたら意図的に真似ているのかもしれない。
いずれにせよ、そんな事はどちらでもいい。
僕は彼の楽曲はもちろんのこと、活動スタイルにかなりの影響を受けてきた。
新しいもの好きな彼は意欲的に数々の曲を作り続けてきた。
デビュー後20年近く経った今になって、さらにそのスピードを上げようとしている。
よほど音楽が好きなのだろう。
小室哲哉は逮捕された後に「音楽で皆様に恩を返したい」と言った。
多くの人が呆れたかもしれないが、僕はそんな彼のことも好きだと思う。
人としていけないことをしたのは分かっている。
世の中は厳しいし、彼がこの先に音楽で成功するのは難しいかもしれない。
だけど、そう思いながらも音楽を追い続けてほしいと思ってしまう。
話がズレてしまうけど
華麗ではなく、ファンタスティックなプレーをしないサッカーの中山雅史のように、
好きでしょうがなくプレーするピンポンのペコのように、
浅倉大介も音楽が好きなのではないかと思う。
彼に触れると僕も何かやってみたくなる。
彼以下のことしかできなくても、それでも良いと思う。
誰も必要としないゴミのような音楽と1000分間だけ向き合ってみようと思う。
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というドラマシリーズがあったそうです。
Yahoo!動画で1話だけ見ることができます。
以前は無料でたくさん見れたんだけど、有料になってからは誰も見なくなったのだろう。
先日DVD-BOXが安く売られていたので購入しました。
なんと定価2万以上していたものが5千円まで値下がりしていました。
日本語の音声は無いけど日本語字幕があるからそれで良し。
なかなかお買い得でした。
続編であるホームズの帰還というものもあるので、
冒険を見終えたら買おうかなと思う。
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PKで今期3ゴール目決めましたね。
さすがです。
J1は新潟が調子上げてきてますね。
鹿島は相変わらず王者らしい戦いっぷりです。
G大阪、名古屋もなんとか踏ん張りを見せてきてますね。
この調子で頑張ってほしいものです。
磐田はとりあえず1勝して欲しいな。
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「木村カエラの初バラードほか5万曲聴き放題」
っていうリンクがあるんだけどさ、
僕としては”ほか”の方が聴きたいんだけど、
5万曲っていうのがアバウトだよね〜。
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レミオロメンのベストアルバムは全て貸し出し中でした。
サッカー日本代表のバーレーン戦も見れなかったな。
相棒 米沢守の事件簿も観る事ができず…
桜も見れず…
ようやくチャップリンの「ライムライト」を借りて観ました。
探してた邦画はいつの間にか姿を消していましたが、
ライムライトのように名作を呼ばれる作品はいつまでも置いてあるものですね。
不思議な事に僕の記憶の中にあるシーンが出て来なかった。
僕は高校の時にワンピースを読みながら
ときおりTVのライムライトを観ていたはずなのに。
僕の記憶の中にあるチャップリンはもっと若いんだよね。
あれはライムライトではなくて別の映画だったのだろうか。
しかし、他の映画観た記憶が無いんだよね。
この記憶は一体どこから生まれてきたんだろう…
ライムライトの評価は10点満点のところ11点くらい出したい作品でした。
やっぱね、17歳の君にスターウォーズじゃいけないねって思った。
ライムライトであるべきかもしれない。
でも僕が思うにはあの時見なくて良かったのかもしれないな。
僕は全く違う解釈をとったはずだろうし
僕の中ではそれで終わってしまったのでは無いかと思う。
だからある意味では、今見た事がとても良かった事ように思えるな。
僕は煙草を辞めてしまったけど
酒を飲みながら、煙草を吸いながら見るのも悪くない気がするね。
ため息まじりの煙を吐きながらさ、自分も歳とったななんて思いながらね。
この映画のラストではチャップリンが死んでしまうんだけど
純粋なハッピーエンドだったと思う。
僕はそう思うよ。
今日はジャズとの出会いの日という事で(そのはずだったけど…)
スタンゲッツ聴いてます。
それ以外で探してみたんだけど、貸し出し中でした。
今日レンタルしてきたジャズのCDはスタンゲッツとナットキングコール。
春樹の小説読んでたらわかりますよね。
国境の南ではBarを経営してたから登場してきました。
それにしても何で僕はスタンゲッツ聴きながらポッキーとパイの実を食べてるんだろう。
すごく不思議です。
これ聴きながら酒飲んじゃったら寝てしまいそうですね。
Barでピーナッツつまみながらぼんやりしたくなるね。
春樹はこういう店を経営してたんだろうなって思います。
しばらくハマりそうです。
これはヤバい。
休みの日はジャズを流して酒を飲みながら読書に時間を費やそう。
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桜の季節ですねー。
ここら辺じゃまだちょっと早いかなって思ったりもしますが…。
しかし金曜の夕方だと言うのにお花見してる人達多いです。
明日、明後日はえらい賑わいようでしょうな。
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カラマーゾフの兄弟は読み始めに「つまらなかったら読まなくていい」と書いてあって
僕は結局その言葉に甘えて読まなくなってしまったのだけど
僕が今から書こうとしている事もかなりつまらない内容なので
どうか適当な所で飛ばしちゃってください。
話の最後はまとまらないと思うし、結果論もないだろうし。
なんせ僕は夜勤明けで、これからアルコールを飲もうとしてる。
まともな文章にはならないと思う。
そんなコラム
日本史についてそんなに詳しいわけではないんだけど
僕はB5サイズで厚さが6cmくらいある歴史の本を2度だけ読んだことがあって
その中でも仏教がどのようにして広まっていったのかというくだりについて後々から思い返すことになった。
化学も科学もまだまだ研究すら始まっていないような時代に
農民達は天変地異に対して神様が怒っていらっしゃると思ったらしい。
地震や雷についてそれがどのような仕組みなのか全く想像もつかない人達の中で
やがて「神」という存在ができあがっていったと言う。
それは「神に対する信仰によって我々は恵みを与えてもらえるのだ」というような時代らしい。
らしいというのは、そうではないかと言われていることから。
僕が冬に帰省すると、毎年大晦日には”様々な神様にお供えをする”という家庭内の伝統行時がある。
祖母の話によると「水の神様」「土の神様(畑の神様?)」あとは忘れたけど、そんな神様たちを祀る神棚が家の中に5つくらいあって、大晦日にはご飯をお供えするのだそうだ。
実家は代々の農家だったので、(百姓と言っていいと思う。祖母が子供だったころは馬や羊がいたというから驚きだ)このような伝統行事が毎年行われてきた事になる。
このような話を祖母から聞いたのは僕が日本史の本を読んだ後だったので、心のどこかに繋がりのようなものを感じた。
世の中には神の恩恵に授かって豊作を願う唄も存在しているのだと思う。
それは伝統として残され、やがて民謡として存在するようになる。
国境を超えても(言葉が違ったとしても)同じような内容の唄が世の中には存在していて、残されているのだと思う。
それはとても長い間唄われる事になるが、作者不明という類いの扱いではないかと思う。
現代音楽における著作権問題どうこうの話とは何かが違う。
それはビジネスの匂いを感じさせない、純粋な音楽と呼ぶのが相応しいのかもしれない。
昨日話に触れた「水曜どうでしょうDVD(ベトナム企画)」の中で
藤村Dがベトナムのガイドさん(以下ニャンさん)に「何か日本の曲を知っていますか?」という問いに対して、
ニャンさんは「恋人よ/五輪真弓」と答え、
その問によって、やがてニャンさんが歌いだしてしまう展開が待っているのだが、
その後「何かベトナムの曲を歌ってもらえませんか?」という問に対しては
ニャンさんは「ホーチミン師(いわゆる民謡)」を大泉洋や藤村D、その他二人に歌って聴かせることになる。
僕はそれを見て民謡が世界にもあるのだという事を改めて実感する。
ここまでが今回のコラムでは前置きという扱いとなる。
映画「サウンドオブミュージック」や「ベン・ハー」では上映時間がとてつもなく長いので、映画の間にインターバル(休憩時間)が5分(15分だったかな?)設けられている。
ここらへんでトイレに行ってもらって構わないです。
僕は一旦トイレに行って用を済ませた後、2本目の缶ビールを飲もうと思う。
ついでに昨日の残り物である麻婆豆腐を温めてご飯の上に乗せて食べてから続きを書くつもりだ。
それでは、バッハの「13のシンフォニア」を流しながら暫し休憩とします。
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さてと、ちょうどバッハのCDを流し終わったので、次はサン=サーンスの動物の謝肉祭を聞きながら続きを書こうと思う。
ちなみに余談ではあるけど、聞いた話によるとバッハ家からは数名の音楽家が生まれたらしい。
僕が今日聴いてたのはJohann Sebastian Bachさんの曲で、音楽室に飾られているバッハさんもどうやらこの人らしい。しかし、ほかにも◯◯◯◯・バッハというのがいるらしいから、興味があったら大型CDショップで探してみて欲しい。
高校当時の担任だった(僕の恩師でもある)先生によると、チャップリンの映画「ライムライト」を僕らに見せたのはこんな理由らしい。
名作だと分かっていても、無理にでも触れさせられなければ自分からは手にとらないものがたくさんある。国語の教科書のように。
たったひとりでも、心に響いてくれたら、見せた甲斐があったと思う。
なるほど。
では僕が17歳の君たちへ伝えたいものはなんだろうか。
スターウォーズ?馬鹿言っちゃいけないね。
あんな映画を見なくたって誰だって立派な大人になれるさ。
僕個人的には現在の17歳の君とスターウォーズについて語れる機会があるなら是非語ってみたいと思うよ。
マークハミルについてでも、ライトセイバーについてでも、ジャバ・ザ・ハットについてだって何でもいいさ。
つむじ:「スターウォーズ/クローンウォーズが公開されてしまったからには、今後エピソード7以降をアニメーションで描かれたって何も問題はないさ。いや、ポニョみたいに手書きだって構わない。」
17歳の君:「エピソード3からエピソード4までの期間中シスがどれだけの悪巧みをしてきたのかについて、シスを主人公として描く映画が公開されたって面白いと思いますね。」
つむじ:「興味深い話だと思うよ。
ところで君は”故チューバッカの甥”が登場する小説を読んだ事があるかい?」
17歳の君「ありますよ。馬鹿にしないでくださいよ。
その話は確か、シスが滅びた数年後にジェダイの中で幾つもの派閥ができてしまって、それをルークがリーダーとして統率しなきゃいけないんだけど、でもなかなかうまくいかなくて…」
なんて具合に17歳の君と語れたらとても素敵な事だと思うね。
こればかりは僕の都合でしかないけど、それは夢のような話だ。
冗談はさておき、本当に17歳の君たちに伝えたいものってなんだろうか。
あるいは100年先の17歳の君たちに伝えたいものとは。
結構(僕なりにとても真剣に)考えているんだけど、これがまた思い浮かばないもんでね。
特に僕がリアルタイムで見てきたものを伝えたいかと言えば、それほどのモノは無かった気がする。
しかし、今ではレオンの壁紙(PCデスクトップ用)でさえ見つからなくなってきてる。
これが時の経過というやつなんだなってしみじみ思うね。
それでも、どうしてもレオンを君たちに見てもらいたいかと言えば本心はNOだ。
うまく説明できないけど、例えばダンサー・イン・ザ・ダークやライフ・イズ・ビューティフルでさえもNOなのだ。
何て言うべきなのかな。
やはり君たちが夢中になれるものがあるなら、それに夢中になってもらいたいのが本心なのかもしれない。
それが単なる石集めだったとして、周りの人から「君は無能だ」と言われたとしても、
時には無能では無く、誰よりも優れている事に成り得るのではないかと思う。
もちろんそんな事は誰にも分からないさ。
誰にだって分かるはずが無い。
僕はどうしてもと言われたらブレンダン・フレイザー、ジョー・ペシが出演する「きっと忘れない」を見てくれと言う。
インターバル
![]()
5時間くらい眠りました。
それから30分くらい外出して用時を済ませてきました。
気付けば雨があがっていました。
夕方5時くらいでも風が暖かくなってきたように感じます。
桜の季節がやってきましたね。
僕は近所の公園を横切りながらaikoの「桜の時」をふと思い出しました。
春の香り、桜の香りが漂っているような気がしました。
家に着いてから、砂原良徳の「LOVEBEAT」を聴く。
SASHAが陰であれば、砂原良徳は陽といったあたりだろうか。
どちらもお酒がなくても酔うことのできる稀な存在である。
さて、昔から伝わっている民謡というのはどのようにして残されてきたのだろうか。
事の起源では伝統になることなんて思っていなかったのではないかなと思う。
そもそも伝統という言葉そのものが後になってつけられるものだから、当然と言っては当然かもしれない。
「ホーチミン師」を唄い始めた当事者たちは、後にベトナムのガイドさんが日本のバラエティー番組の為に唄われることになろうとは思いもしなかっただろう。
今からさかのぼること250年。
オーストリアのウィーンにてハイドン、モーツァルト、ベートーベンといった古典派たちの音楽が栄える。
それが現代まで繋がっていて、その歴史の間には人々のバトンリレーのようなものを感じる。
すごくアナログ的に。
今のようにデジタル社会ではなく、インターネットも無いような時代に、
長い年数をかけて世界中の各国、そして人々へ繋がっていく。
恩師が弟子に伝え、やがて弟子が恩師になり、その恩師が弟子に伝える。
クラシックも伝統だなと思う。
そして、それは次の時代にも残さなくてはならないように思える。
世の中にはそれらを残す為の恩師と弟子がたくさんいるのだろう。
祖母がこれまでに続けてきた大晦日の伝統行事を僕の代で終わらせる事になってしまう。
世の中は便利になり過ぎたのだろうか。
科学が進みすぎたのだろうか。
今の僕が生きている環境では「水の神様」「土の神様」に恩恵を授かるほどの事がない。
大体はお金で物が買えるようになってしまったし、
株やFXをやっていると、僕が働いていなくても幾らかの収入を得る事ができる。
それはPCの画面を眺めながら必要時に数回クリックするだけの動作でしかない。
この先の未来に何が繋がっているのだろうかと思う。
僕は祖母に会うと(機会があれば)昔の話を聞くようにしている。
その世界には失われた時間のようなものを感じる。
教科書や本から学ぶ日本史とは異なっていて、それはごく身近な、リアリティーな日本史である。
地形の変化や、見なくなった動物たち、アスファルトでは無い道路…
祖母の記憶の中にあるものを引き出して、その中の幾つかを僕の引き出しへしまう。
言葉を出来る限り「画」や「映像」として記憶する。
「あの頃は…」と語る祖母の姿と一緒に僕の頭の中に記憶する。
僕は雨の話の中で、部屋の中や、ポータブルプレーヤーで音楽を流すようにしている。
それらはどうしても伝えたいものかと言えば、やはりNOだと思う。
ただし、僕の中ではとても好きな音楽である。
世の中には「こんな不協和音の羅列は耐えられない!」という人もいるだろうから強要はしない。
気が向いたら、聞く機会があるなら、少しだけ耳をそちらに傾けて欲しいなとは思う。
そんな僕も村上春樹の「ポートレイト・イン・ジャズ」を参考にしながら、
これからはジャズの世界にも足を踏み入れたいと思う。
有名なスタン・ゲッツやビル・エヴァンスだけでなく、幅広く聴いてみたいと思う。
春樹が長い年月をかけて小説の中にジャズという存在を残してくれたおかげだ。
3月28日にレミオロメンのベストと同時に借りようと思う。
それが、僕のジャズ人生の良きスタートになってくれればと願う。
こういうのは神の恩恵を授かるべきだろうか。
僕はこれから先も小説における経験を費やして
言葉や人の配置や時間軸のバランスや色んなものを洗練して書き続けれたらいいなと思う。
それがどこかに繋がってくれるといいなと思う。
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嫌ですねー、雨って言うだけで、思うだけで、見るだけで、気分が沈みます(笑)
雨のお話はちょっとばかし待ってて下さい。
当初の予定より相当に長い話になってしまって、
先は見えているんですけど、なかなか進まない…。
全体のバランスが全くとれてなくて、話を進めていくタイミングがよくわからなくなってしまいました。
今はプロットで話をまとめている最中です。
連載小説みたいなのは難しいですね。
それでもせっかく始めたので最後まで連載という形で終わらせたいと思ってます。
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夜勤があるから寝なきゃいけない。
まさか延長になっちゃうとは思わんかったな。
よし、寝よう。
日本頑張れ。
いや、侍じゃぱん!
いや、やっぱり、日本頑張れ!!
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・知人から花見の誘い (仕事で行けないけど)
・サッカー日本代表の試合 (対バーレーン)
・レミオロメンのベストアルバム レンタル開始
・相棒−米沢守の事件簿− 公開
・他にも何かあったような気がしますがこのへんで…
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どうもすいません。
何かしてたわけでもなく、バカンスに行ったわけでもなく、何もありませんでした。
今日はベートーベンの交響曲第5番「運命」と第6番「田園」が収録されたCDを聴いています。
14歳か15歳かそこらの時にクラシックも聴かなきゃいけないなと思って買ったCDがベートーベンの田園でした。
そのCDは実家にあるんだと思います。
僕が今聴いているのはそのCDではなくて、ひつじが所有していたものか、あるいは僕が近年に買ったのかどちらかよくわかりませんが、とにかく後から手に取ったほうのCDです。
クラシックの面白いところはオケによって表現が全く異なるところでしょうか。
このオケは好きだけど、こっちのオケはどうだろう…なんて事があります。
しかし、好きか嫌いかというのは、本当の意味でどういう事なのかよくわからなくもあります。
※あらかじめ田園の構成を載せておきますね。
第1楽章「田舎に到着したときの晴れやかな気分」
第2楽章「小川のほとりの情景」
第3楽章「農民達の楽しい集い」
第4楽章「雷雨、嵐」
第5楽章「牧人の歌−嵐の後の喜ばしく感謝に満ちた気分」
僕が今聴いている田園の第1楽章は、むかし聴いたCDに比べるとやや早いんですね。
しかし、第5楽章まで通して聴いてみると、これはこれで上手くまとまっているような気がします。
第2楽章、第3楽章とゆったりとした流れで、雰囲気をうまくつかんでいるように思えるし、
第4楽章に入るとせわしくなります。(せわしくと言うのは僕の感覚だけど)
このせわしさがどの程度のものかというと、映画「フランケンシュタイン(1931)」での落雷のシーンで使用される効果音のようなもので、それこそ雨が降ってどんよりとした空気感があるんですが、
第4章は演奏時間は短く、あっさりと終わってしまうので第5楽章への繋がりが良いですね。
よく分からないレビューになってしまいましたが、田園もなかなか良い曲だなと改めて思いました。
むかしCDを買った頃は無理してクラシックを買ったのはいいけれど、その良さが分からないままでした。
せっかく買ったのだからと思い、何度も田園を聴きましたが、ある程度は自己暗示みたいなものが強かったように思えます。
そして、このCDを聴いているとやはり第1楽章が気になってしまいます。
それが良いか悪いかという評価以前に、聞き慣れた音に反れている事がどうしても気になってしまいます。
僕は田園が好きなのですが、第1楽章については、むかし聴いたほうが好きなのではないかと思います。
確かな証拠はありませんが、聞き慣れているという理由から好きなのかもしれません。
それを好きと言っていいのか、あるいは、好きと言える程のものかどうかはよくわかりませんが、
心地よさのような実感はあります。
僕が何を言いたいのか自分でさえも良くわからなくなってきましたが、
「田園」は良い曲だと思います。
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僕は光の中に入ると、小さな光に気が付くことができなくなってしまう。
僕は暗闇の中に入ると、その小さな光に気が付くことができる。
しかし、その光は今現在の光とは限らない。
星の光のように、遥か昔のものであったりする。
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>最近はブレーメンが好きです。
>投稿: 某田中 | 2009/03/07 12:21
>僕はいつだったかひつじがレミオロメンのことをロミオメロンと勘違いした事を思い出しました。
>投稿: つむじ | 2009/03/08 10:01
過去の「雨」が増えてきたのでまとめてUPしました。
ついでに誤字も直しました…
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以前少しだけイチゴちゃんについて書いたと思いますが
最近イチゴちゃんのスペースが広くなりました。
とりあえず少しだけ良くなりました。
誰か飼う人いませんか??
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あまりにも寝過ぎたせいで夜のあいだ寝られなくなってしまったので、ねじまき鳥の第2巻を読み終えました。
それから雨の話を書き溜めようと思って、書いていたらどちらも(10)まで進みました。
今から嫌いの(11)を書き始めるところなんですけど、飽きちゃったら読まなくていいので宜しくです。
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誕生日おめでとう。
君は僕が誕生日を迎えると必ずマフィンを買ってきてくれた。
だから僕は、1ヶ月と1日経つと君にお返しをした。
しかし、何をあげたんだっけ?
君は僕が何をあげたのか覚えているだろうか?
僕は本当に何かあげたのだろうか?
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昨日は遠藤がPKを2発決めましたね。
今期は新しい「ハイスピードコロコロPK」がありますし、さらにノーマルでも蹴ってますね。
(ノーマルってのは特筆しなくていいか…)
PK職人の新しいシーズンにこれからも期待してます![]()
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まだ痺れてます。(特に左足です。右はマシになってきました。)
僕は小学生の時に聖剣伝説2というゲーム(RPG)をプレイしていた。
このゲームはキャンセルキーが特殊でYボタンだったが、普通のゲームはAが決定でBがキャンセルが一般的だった。
※ちなみにこのゲームのハードはスーファミだ。
それでキャラクターの名前に自分の名前を入力しようと思っていたのだが、2つ目の文字を間違えて”し”にしてしまった。
僕の名前知ってる人なら分かると思う。
不本意に”あし”になってしまった。
間違いは誰にだってあるものだ。
とりあえずキャンセルしようと思ってBボタン押したがそれが決定キーだった。
その後に再確認画面があったのだが、そもそも僕がボタンを押し間違えたのだと思って、もう一度Bボタンを押した。
僕は勇者”あし”として数ヶ月かけてプレイし、世界中を駆け回り、見事ラスボスを倒すことに成功した。
あの日以降、僕は取説には必ず目を通すようにしている。
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最近「雨が嫌い」と「雨が好き」を書き始めたせいで、このブログは雨の話ばかりになってきましたね。
コラムぐらいはサッカーの話とか書こうと思うんですけど、昨日を振り返るとやっぱり雨の事ばかりでした。
雨の中ゲオまでひつじと歩いてDVDを返却に行きました。
それから傘をさしながらお寿司を食べに行った。
ひつじに「雨に濡れているよ」と傘の持ち方を注意された。
一日中雨が降っていたから洗濯機を回せなかった。
雨が好き(5)を書いた。
夜勤に出かける途中雨に濡れた。
雨に濡れたコートをロッカー内で干した。
夜食の為に食堂まで行くと、風が強くて雨風が窓を叩いた。
食べ終わってねじまき鳥の第二部を読むと雨のシーンだった。
食堂から職場までの帰り道に次第に強くなっていった雨に打たれた。
会社から家に帰る途中やっぱり雨に濡れた。
家に着いて雨が嫌い(6)について考えた。
僕の身の周りには雨の事ばかりです。
しばらくはこのブログのテーマを「雨」にしちゃったほうが良いかもしれないです。
つむじの雨ブログ。
これからも宜しくお願いします。
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名古屋vs山形
山形は前回の磐田戦で6得点を上げて首位になってますし、名古屋はACLの疲れがあるかもしれません。
どちらが勝つか何とも言えない試合です。
G大阪vs磐田
僕は磐田の絶叫的なファンでした。若手選手の育成ができておらず低迷してきているので、まずは基盤をしっかりさせてから頑張ってもらいたいと思ってます。
G大阪は優勝目指して勝ち進んでもらいたいです。
新潟vs鹿島
鹿島にはACLでの敗北を吹っ切って王者らしい戦いを見せてほしいです。
新潟には知ってる選手がいないんですが、開幕戦では4得点上げてますから軽視できないと思いますね。
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この映画のストーリーで際立つ特徴と言えば
ブラッドピット扮する主人公がおじいちゃんで生まれて赤ちゃんで生涯を終える事にある。
実は僕が16歳の時に「人が80歳で生まれて0歳で生涯を終えたらどうなるのか」というテーマを考えた事があった。
ここまで読んで僕の自慢話だと思ってしまった方には、せめてあと2行だけ読んで欲しい。
結果としては大した事が思い浮かばなかった。
僕が話を書くネタとしてうまく扱う事ができなかったのである。
そんな設定の映画がつい最近上映された。
それが「ベンジャミンバトン 数奇な人生」
どの様な脚本が仕上がったのかとても興味深い。
アカデミー賞は逃してしまったが、ゴールデングローブ賞では以下のタイトルを獲っている。
作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞、音楽賞
僕が16歳の時に思いついた事を少し振り返ってみたい。
※あくまでも16歳が考えた事を念頭においてください
人が20歳で働きだして60歳で定年を迎えたとする。
それを逆転させると60歳で働きだして20歳で定年を迎える事になる。
これらにおいて、”働きだすまでの期間”、”働いている期間”、”定年後の期間”は等しい。
話を書く上では特に面白みが無さそうだ。
僕はこの時点で思考を止めた。
どのような脚本が仕上がり、見事脚本賞を受賞したのだろうか。
今になってもう少し深く考えてみる事にした。
それは以下のようなものである。
1、生まれた子供を初めて見た時の親の気持ち
僕が親だった場合を考えてみる。(これは子供がいる人、いない人で意見が変わるだろう)
僕だったら大きな精神的ショックを受けるだろう。
そして何時間も妻と話し合う事になるだろう。
それはもしかすると喧嘩に発展するかもしれない。
手塚治虫の「どろろ」の話(僕は映画の「どろろ」しか知らないが)では父親の中井貴一(役名は忘れた)が母親に殺せと命じる。それができなければ川に流せと言う。そして母親は川に流す事にした。
その気持ちも分からないでは無い。
しかし、この映画の脚本ではおそらく後者よりは前者の考え方の方に近いのではないかと推測する。
2、終わり方をどうするか
幾つか映画を取り上げて考えてみる事にする。
まずはブラッドピット主演の「セブン」のようなラスト。
あれは自らの憎しみによって7番目の殺害を自らの手で行うというものだった。
ベンジャミンバトンでブラッドピットが人生で憎しみを多く持ってしまい、結末は誰かを殺してしまう。
この展開はまずないだろう。
次はビョーク主演の「ダンサーインザダーク」はどうか。
この「ダンサー〜」ではラストにビョーク自らが首を吊る事になってしまう。それも愛する子の為に。
ベンジャミンバトンでブラッドピットがラストに首を吊って終わるというラスト。
これの理由に相応しいものとしては、自らの人生に対する憎悪、憎しみだろうか。
この展開も考えられにくい。
最後にキャサリンヘッブバーン主演の「黄昏」より。
この映画では老夫婦と娘との間にある家族愛が描かれている。
「ベンジャミンバトン 数奇な人生」では二人の間に子供は生まれてくるのだろうか。
もし子供が生まれてくるのであれば、新たな問題が起こるはずだと思う。
この映画のラストというのはハッピーエンドだろうか、それともダークエンドだろうか。
これについてはどちらも考えられる。
又、作中ではハッピーとダークを交えてくる線も充分に考えられる。
3、ちょっとズルをしてCMトレーラーからヒントを得る
●不気味な赤ちゃんが誕生するシーン。
これについては先ほど述べた通りである。
●ブラッドピットが大型二輪車に跨がっているシ−ン。
ここでは「イージーライダー」のデニスホッパーを思い出させる。
つまり描かれるのは青春だろう。
●ケイトブランシェットが窓際からブラッドピットを眺める(見つめる)シーン。
ここでは上記のブラッドピットの青春に対する嫉妬が推測される。
嫉妬心があまりにも大きくなり過ぎて、ブラッドピットを殺害してしまうという事は無いだろう。
そんな結末では一体何のためにブラッドピットがおじいちゃんの姿で生まれてきたのだ。
ちょっと一休みしながらこれまでのまとめを…
つまりこの映画で描きたいものは「青春」だろうか。
皆が年を老いていく中で(ケイトブランシェットが60歳の頃に)ブラッドピットだけは青春の時期を迎える事になる。
僕が16歳の時には思いつかないはずである。
その時僕はまだ青春についてよく分かっていないのだ。
もしかするとこの映画はハッピーエンドでは無いのかもしれない。
ケイトブランシェットの嫉妬心具合によってラストが決まってくる気がする。
この映画の筋で肝心なのは主役のブラッドピットでは無く、周りの人物達がどのように感じるかだと思うのだ。
しかし、ケイトブランシェットの嫉妬が大きければ大きい程、「青春」という存在感が増大する。
それによって観客達は映画館を出た後に自分たちの青春時代について思い起こす事ができるかもしれない。
人生を描く映画である以上はお互いの最期も描かれるはずである。
というような筋も考えられる。
4、ゴールデングローブ賞を受賞とアカデミー賞13部門ノミネートという結果
何かの雑誌でブラッドピットのコメントを読んだ事がある。
「ベンジャミンバトン 数奇な人生」はとにかく撮影期間が長かったらしい。
ブラッドピットが「どれくらい長かったかって?ハハハ。何てったって「バベル」の撮影期間中を跨いでいたんだからね」と答えていた。
それはそれはとても長い期間である。
僕なりに思うには、製作期間中は様々な関係者の中で言い争いなども起きたであろうと察するのだが、期間が長いぶん役者達はそれだけ自然に入り込めるようになった可能性もある。それだけこの映画は練りに練って、大変凝った作りになっているのだろう。
「ベン・ハー」はアカデミー賞を10冠くらいしたはずだが、あの作品も練りに練って、凝った作品だ。
さてと、「相棒」に登場するIQ特定不可の杉下右京ばりに推測をしてみたが、これまでに書いた記事の自信は全く無い。
顔を痙攣させながら真相を発狂できる程の証拠は何処にもないのだ。
この映画はこれらの期待を裏切ってくれていることを願う。
きっと素晴らしい脚本が仕上がったのだろうと期待している。
DVDが出たらレンタルで見る予定です。
映画館では見ないんか〜い♪ ルネッサンス![]()
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この二人のアーティストと出会った後は徐々にメロディーが浮かばなくなっていきました。
僕は本当にダークサイドに堕ちようとしていたのかもしれません。
20歳を過ぎるとDJと作曲をしている人と出会う事になりました。
僕は彼が羨ましかった。
彼の曲を聴く度に僕は嫉妬をしていました。
色々と声をかけてもらえたので何度か一緒に活動もしていましたが
その時点で僕が放っている音には何の魅力も感じられませんでした。
共同に作業をしていた時もそう。
彼が描いている「綺麗な花」に、僕が「飛散している花粉」を付け足しているようで
それはあまりにも滑稽なものでした。
しかし、僕と彼を繋いだのはSASHAという存在が大きく関係していて
僕は彼と出会えた事が運命的なものではないかと感じます。
彼と出会う事がなければ20歳の時点で活動を止めていたかもしれません。
その先数年の間は彼をライバル視する事が起動源だったのです。
身近な目標として彼の背中を追いました。
彼は「人には得意不得意がある」と言いました。
真実は分かりませんが、彼の中に無いものが僕の中にもあったのかもしれません。
それは僕にとってはとても嬉しい事でした。
そして、共同で音楽を制作する事が初めてだったので学ぶ事が沢山ありました。
思えば僕は音を楽しむ事ばかりに捕われていたので、学ぶという事をあまりして来ませんでした。
共同作業はそういった点でとても意味のある時間でした。
彼は僕よりもSASHAの近くにいるような気がしました。
いえ、実際に彼は近くにいました。
それだけ多くの音と向き合って来たのだと思います。
やはり僕は嫉妬をしないわけにはいきませんでした。
例えるなら「美女と野獣」に出て来る野獣になったとでも言うべきかもしれません。
僕は随分醜くなってしまったように思えました。
野獣の放つ音に誰が耳を傾けるでしょうか?
僕は曲を作っては消して作っては消してとそれを続けました。
結局、僕は一旦彼との共同作業から離れることにしました。
彼がメインステージに立っているヴィジョンを頭から消し去ってしまう事にしました。
いずれ「綺麗な花」の隣に「蜜を集めに来る蜂」でも描けるようになるまでは離れるべきだと思ったのです。
その頃に二人組のヴォーカリストと出会いました。
僕らは共に活動をする事にしましたが、彼女達の前には出ないようにしました。
なぜなら彼女達はすでに築き上げて来たヴィジョンを持っていたからです。
僕は楽曲と向き合う事だけを考えました。
もう一度フラットな心で音楽を楽しむ事ができれば良いなと考えていました。
僕は歌が乗るような曲を作ってこなかったというのもあって
この当時の活動は新鮮であり、確固たる手応えのようなものも感じました。
メロディーも僅かではありますが僕の元に戻ってきました。
睡眠時間を削って作る日もありました。
僕はここでようやく集中してとりかかれる状態まで回復しました。
しかし、やはり僕の行っている作業というのはSASHAという存在の大きな壁(塊)の周りを行ったり来たりしているに過ぎなかったのです。
音楽生活10年間の最後というのは
かつて音楽を始めた当初に想像していたものとは全く違っていました。
僕の最後は野獣であり、僕の音は花粉でした。
それでも僕が背中を追い続けた彼は仕事の合間にラストを見届けてくれました。
その時でさえ僕は醜い野獣でした。
そして最後花びらは散ってしまった。
もう一人だけどうしてもその場にいて欲しい人もいたのですが、彼は都合が悪くて来れませんでした。
残念でしたが後ほど彼にはCDを贈ることにしました。
その人は僕が初めて作った曲を初めて聴いてくれた人でした。
僕は当時自分の曲だというのが恥ずかしくて「これは誰々の新譜をコピーしてみたんだ」と言って聞かせました。彼は「アップテンポで良い曲だね」と言ってくれた。
そして僕は少し安心してから「実は僕が作ったんだ」と言いました。
僕の心臓は張り裂けそうなほど大きな音で鳴っていた。
ACCESSやTNMといった打ち込みの曲を好む僕とは対極に彼は生音を好んで聞いていました。
あの時の彼は最初から僕の曲として聴いていてくれたのかもしれない。
だが今となってはもう分からない。
やがて彼はギターを弾くようになった。
時々彼とも曲を作った。
僕の音楽活動は終わった。
そして僕は完全な野獣になった。
− EYVIND EARLE − 完
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ある人が僕に教えてくれたこと
もしも君が辛くて辛くてたまらないなら、不幸について考えてみるといいかもしれない。
残念だけど僕には君を助ける事ができないんだ。
これは残酷な事のように聞こえるかも知れないけど
自分より不幸な人について考えてみると
君は幸せだと思えるのかもしれない。
少しでも考えてみる
多くの事はどこまでが不幸で、どこからが幸せなのかよく分かりません。
時に、誰かにとって幸せだと感じる事も一方では不幸なこともあり得ます。
中には僕の勝手な解釈も多いかもしれません。
なぜなら僕は殆ど不幸を知らないからです。
当然ながら思いつけることには限界があります。
それだけ僕は不幸では無かったのだと思います。
せっかく誰かが見てくれるブログだから
ブログを書いている時間くらいは不幸について考える事にしました。
もしかしたら誰かが幸せになるかもしれません。
そう信じながら…
これからも書き続けたいと思うようになりました。
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生まれてすぐに命を落としてゆく子も
何もできないままの僕も
人の命は平等として扱われます。
平等で不公平な世界。
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「ためになる話」とはどういうものなのでしょうか。
僕がイオン(名古屋ドーム前店)のペット売り場にいる羊のイチゴちゃんについて話をしたら、
それは誰かのためになるでしょうか。
僕は毎日毎日意味も無い言葉を綴っている。
その間にイチゴちゃんは狭い籠の中でうずくまっていて
誰かが¥200,000もの大金を奮発して飼ってくれるまで
彼女はずっとあの籠の中で生活しなくてはならない。
この記事を見て誰かが飼おうと思ってくれるのでしょうか?
明日になれば”どうしても飼いたい”と思わせる程の記事を僕が書けるようになるでしょうか?
僕はイチゴちゃんのためにはなれません。
そして誰かのためにもなれません。
頭を撫でようとしても喜んでくれないイチゴちゃんは何のためにあの中にいるのだろう。
イチゴちゃんのためだろうか?
いつか飼ってくれるかもしれない誰かのためだろうか?
珍しがって群がる人達のためだろうか?
彼女は一体いつからあの籠の中にいるのだろう?
幕府を終わらせまいとした土方歳三達は…
その一方で国を変えようとした坂本龍馬や西郷隆盛達は…
戦争で命を捧げた多くの人達は…
籠の中にいるイチゴちゃんのためになったのでしょうか?
10年前に「これらの資産は10年後の日本の為の政治資金なんです」と言った政治家達は…
本当に日本のために資産を使ってくれたのでしょうか…
僕は何のためにもなれない。
そしてイチゴちゃんにとって僕はただのジャンクにすぎない。
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夜勤の休憩(昼勤でいう昼休み)の時間にカップ麺を食べた。
スープ春雨、スープしらたき、スープフォー、ちいさなおうどん…etc
いずれも100kcalぐらいのものです。
前は弁当持参してたけど、最近はあまり食べないようにしてる。
夜勤のお昼休みといったって夜食だからね。
夜中の3時、4時に大きなカップ麺を食べるのは嫌だしね。
んで、時々ではあるけど、そういったジャンクフードを食べる事もあります。
食べながらjunkについて考えてみたよ。
よくフードの前にジャンクって付けたなった思った。
誰が考えたんだろう。
俺はジャンクってガラクタのイメージなんだけど。
帰ってから辞書で引く羽目になっちゃったよ。
思いつくジャンクが付く言葉
1、ジャンク品
動作未確認のコンピューター関連部品。主に廃棄されたコンピューターや周辺機器、中古品などから取り出すため、非常に安価だが、メーカーの正式な保証を受けることができない。
2、ジャンクフード
即席麺(めん)やスナック菓子など多種・大量に生産されている食品。また、高カロリーだが、栄養価が低く、添加物の多い食品。
3、ジャンクスポーツ
MCはダウンタウンの浜田雅功。国内国外のスポーツシーン、あるいはスポーツ選手のキャラを抽出し、ニュースとは一味違った目線でとらえた特集VTRを紹介。意外な事実やユニークなシーンを存分にご覧頂ける番組を創ります。
ジャンクフードっていうのはどうなんだろう…
一応食べ物なんだけど…
ふと思うと不思議な気がします。
やっぱり食べ物にガラクタと言ってはいけないでしょう。
世の中には食べ物に困った人が大勢いるのに、あまりにも馬鹿げた発想ですよ。
ジャンクスポーツの方はどうだろう。
ジャンクだけカタカナになっているので何か他の意味で使っているのかな?
毎回のゲストは旬な選手が出ているだけに、彼らがジャンクという事ではないだろう。
ジャンクなスポーツネタばかり取り扱いますよって意味なのかな。
例えばだけど、
”ニュースとは一味違った目線でとらえたジャンクな特集VTRを紹介!
本日のVTRは、な、なんと!モハメド・アリvsアントニオ猪木の世紀の一戦です!”
本日のゲストは野球界から掛布さん、サッカー界から釜本さん、フィギュア界から伊藤みどりさん、陸上界から池谷幸雄さんが駆けつけてくれました。
しかし、そんなものは見たい気がしないぞ。
多分、裏番組のCMの時に見る程度の番組だ。
ジャンクなスポーツって言ったら相撲取りの八百長を百選したVTRとか、
k1のレイセフォーとか(俺はレイセフォー大好きだけど)
そういったものも含まれるのかな。
ジャンクフード、ジャンクスポーツ…
一体どこがジャンクなんだろうな。
不思議だな。
これを書く為に排出されたCO2が何よりもジャンクだな。
すいませんでした。
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糸とうがらしというものを探しているんですが
なかなか見つからないですね。
ヤマナカ、フランテ、アピタ、ユニー、ジャスコ、ナフコ等とスーパーに入る度に探しているんですけど、一体どこに売っているんでしょうか。
韓国食材の取り扱い店に行けば必ずあると思うんです。
だからそこに行けばいいんですけど、その店には最後の最後まで行こうと思えない。
なぜかわからないが一般スーパーに置いていて欲しいという希望があります。
インターネットで検索すれば5秒で見つかり、1分後には決済を行い、3日後には自宅に届くかもしれません。
世の中はそんな時代ですが、僕はあくまでもアナログ的な検索にこだわりたいと思っています。
知っている人に聞くというのも有りなんですが、それだと僕はその店には行かないかもしれません。
きっともう少し探してみようかなと思うはずです。
なぜ、こんな回りくどい事が好きなのかよくわかりません。
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仕事によって見れない日が多いんですが
夜11時にテレビのチャンネルを変えていると”あっ”と思って途中から見るようにしてます。
昨夜の放映では僕にとって興味深い内容でした。
再放送は必ず見たいと思っています。
ゲストは新潟大学の中田力教授。
脳の研究をしている方なんですが、特に「意識」や「心」について研究してみえます。
火曜夜11時〜 爆笑問題のニッポンの教養
サイトはコチラ
爆問学問
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寒い季節
寒い日は未だ続きますが、3月になった事で春も近いのかなと思ってしまいます。
秋から冬にかけては魚に脂がのる時期なので、どうしても肉よりも魚のほうに手がのびる。
そして、そんな日々が終わろうとしている。
今年はホッケの塩焼きを何度か食べました。
買ってきてグリルで焼けば、そのまま食べられる。
焼き魚ではホッケが好きです。
冬に実家で食べた日本海の本ブリもたまらなく美味しかった。
実家では正月になると必ずぶりを焼きます。
とても嬉しい事です。
それから寿司も良いですね。
昨年の秋に食べたサーモン、サンマの寿司はとても美味しかった。
大将に「サンマありますか」と尋ねると
「売るほどありますよ」と笑顔で答えてくれました。
その日はさんまだけ2皿食べました。
昨年の2月には北陸でハマチ、マグロの寿司を食べました。
これもまた絶品でした。
どうやら魚が好きなようです。
釣り
2、3年前の夏に実家で釣りをしました。
それは小学生以来の事で、竿や釣り具も新しく揃えました。
実家の隣には川が流れており、上流に放流されたアマゴ、ヤマメがいます。
もっと上流に行けばイワナもいますが、家の近くの川までは降りてきません。
この川も以前は水量が多かったのですが、最近はずいぶん減ってしまいました。
何度かの土石流により、大きなごつごつとした岩がたくさん流れてきてその度に川の形は変化していきました。
魚を釣るポイントは家から30m程離れた所にあって
そこは橋の影と生い茂った雑草の入り組んだ場所で魚にとって絶好の隠れ家とも言えました。
ミミズを餌にして、それを川の流れにそっと沈ませるとすぐに手応えがありました。
しばらくして僕がそこで釣り上げた魚はとても不思議なものでした。
その状況をうまく飲み込む為に10秒ほどかかりました。
僕は糸をもって魚をぶら下げました。
魚の口からはもう1本の糸が出てきていました。
どうやらそれは誰かが釣り逃した魚だったのでしょう。
小さな喉の奥には釣り針がもう一つ隠れているんだろうと察しました。
僕は気が変になってしまい、訳が分からないまま自分が釣った針を外してやりました。
しかし、口からはもう一本の糸が出ていて、それは僕がどうやっても取り除く事が不可能のように思えました。
僕はそのままリリース(川に戻すこと)をしました。
しかし、魚は泳ごうとしませんでした。
魚は右側が上になるような格好で水に流されていきました。
その時に見た魚の目というのは、とても生きている目には見えませんでした。
僕は何かを思い出そうとしましたが、うまく思い浮かびませんでした。
魚が流れて行き、いつの間にか見えなくなりました。
水面が太陽の光でまぶしく反射し、流れて行く姿さえも最後まで見届ける事ができませんでした。
僕は釣り竿を仕舞い、道具を片付けました。
家に帰る途中で、さっきまで気になっていた事をやっと思い出しました。
カモシカが豹に追い掛けられて、捕まえられたときに見せる目でした。
彼は誰の為に死んだのか考えました。
それは考えるまでもありませんでした。
彼は誰の為にも死ねませんでした。
僕の所為で貴重な命を落としました。
あの時、僕は家に持ち帰って、塩を振って焼いて美味しく食べてあげる事を考えませんでした。
アンフェア
僕はとてもアンフェアな生き方をしているように思えます。
僕は過去に魚を焦がしてしまって、食べられそうな部分だけを取って残りは捨てました。
その時に”勿体ない”と心に思いましたが、その言葉が向けられた先はお金です。
社会においてもアンフェアだと思う事は沢山あります。
社会のルールというのは自然界のルールはどうでもいいように感じられます。
飲食店や食材を扱う店でも生き物を切り刻んで食べれる所を取り出し、それが人の腹の中に収まるならまだいいですが、賞味期限がくれば捨てられます。
なぜ我々の社会では食べもしない余ってしまう分の命さえも奪うのでしょうか。
自然界のルールには責任者もいなければ、当然の事ながら書面で残されている事もない。
これもまた暗黙の了解というやつなのでしょう。
時々鳥インフルエンザが発生すると大量の鳥が焼き払われますが、
それによって経営者が苦しくなる事はあっても、人間は代償を払いません。
我々人間にとって都合の良いルールがあっても、全員で鳥一羽一羽に黙祷を捧げる様なルールは無い。
僕も黙祷はしてない。
結果的に多くの人の命が救われる事になるのにも関わらずニュースではあまり時間を費やしません。
僕はアンフェアですよね。
知識があって、それによって何か実行できるなら「理解している」と言えるけど、
僕の場合は頭に情報があるだけ。
これから先だって魚も肉も食べるだろうけど、それは僕の都合でしかないのだから。
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鹿島アントラーズvsガンバ大阪
結果は3対0で鹿島の勝利。
やっぱり鹿島強いよね。いつの時代も若手が育ってきてるし、安定した攻守ができるチームだね。
サイドアタックによるカウンターっていう攻めパターンは昔は名良橋が印象的だったな。そして今は内田が受け継いでいる感じがするね。
名良橋が左で内田が右だからポジションは違うけどね。
4バックだと一人が上がっても、3人がCB的な役割で充分カバーできるから良いね。
FWも代表に選ばれる多くのストライカーがその時代にいて頼もしさを感じる。
今年も優勝候補のチームだと思う。
逆にガンバは加地の怪我によって急遽3バックになってしまった。それがうまく機能せず大量リードを許してしまった。
後半になって4バックに変更してから幾分動きは良くなったと思うけど、鹿島の守りが強くて攻めきれなかったかな。やはり前半で動いてるから後半では攻めきれなかったんだと思う。
鹿島は前半で3点リードしちゃってるから、後半は守りに徹する事が出来たからね。
今回はガンバの采配ミスだろうね。監督の迷いが結果に出てしまった。
これが来週あるJリーグの開幕に繋がっていけばそんなに問題は無いと思うけど。
しかし天皇杯とACLのチャンピオンになったが、'08Jリーグの結果があまり良くなかったのが気になるな。
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栄の松坂屋で展示会が催されていたので行ってきました。
目当ては東山魁夷だったんだけど(つむじは川端康成を知りませんでした)なかなか面白い展示会でした。
川端康成の本の装飾カバーに東山魁夷のデザインが使われていて、原稿と共に図案や完成品が出来上がるまでが展示されてました。
他には雑誌に連載された短編に東山魁夷の挿絵が使われている展示や東山魁夷の絵画作品20展ほど観る事ができました。随分と贅沢なものを観た気がします。
作家と画家である二人がお互いに信頼しあっていた様がよく伝わってきます。
栄地下のチケット売り場にはまだまだ前売りのチケットが残っていたので、暇だったら観に行ってはどうでしょうか。
東山魁夷のポストカードを6枚程購入したので、玄関に飾ろうと思います。
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PC用の壁紙をわざわざ作る気も起きないからネットで探してみた。
今じゃ「Leon」の壁紙って探せなくなってきてるね。
画像検索でさえロクなヒットが無い。
「Run・Lola・Run」「Trainspotting」「Grand Bleu」「Pulp Fiction」
そんな映画も過去のものとなってしまうんですね。
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うさぎのような動物にも感情や欲というものがある。
喜んだり、怒ったりする。
僕がウイニングイレブンをやっていると
うさぎがこちらに寄って来る。
僕がお尻のあたりをつかもうとすると機嫌が悪くなってしまう。
そのまま捕まえようとすると、「ブー」と怒る。
しばらくすると僕の横に座り「頭を撫でなさい」と言ってくる。
僕はウイニングイレブンを一時停止して頭を撫でてやる。
手を離すと「もっと頭を撫でなさい」と言ってくる。
仕方ないので止まったままのテレビ画面を見ながら撫でてやる。
機嫌が良くなってくると指を舐めてくる。
僕がゲームを再開しようとすると、うさぎは「ブー」と怒る。
仕方ないのでまた撫でてやる。
「こう見えて僕だって忙しいんだよ」と言ってみる。
うさぎは聞いちゃいない。
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何かの勧誘とは別にして
「ちょっとすいません」
と声をかけられる事がある。
・この電車は◯◯まで行きますか?
・◯◯まで行きたいのですが、こっちで合っていますか?
という事もあれば
・ついさっきこのみそ串かつを友人から頂いたんだけど、私には脂っこくて食べれなくてねぇ
というお婆さんもいた。
声をかけられる頻度というのは年に1回はあるのだが
会話が終わった後に周りを見渡してみると僕よりも人の良さそうな感じはいると思う。
年に10回くらい尋ねられる人もいるのであるとしたら
僕の年に1回という回数も納得がいく。
ところで
カラオケの割引を配る青年が僕にでは無くて
仕事に疲れたくたくたになった中年サラリーマンに向かって
「カラオケどうですか?」
と言って配るのだが
それにはどんな理由があるのだろう。
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勘違いされてしまうと厄介だと思うのでちょっと解説を…
人を傷つけてしまうような事に集中してはいけない。
後々それが人を傷つける事になるのだと分かったなら直ちに止めなきゃいけない。
決めつけられたように思った人もいるかもしれないが、
決してスターウォーズを20回見なさいという事ではない。
別に見なくてもいい。
どちらでもいい。
しかし、臨機応変に「私はこれの為に多くの時間を費やしたんだ」と言えればきっと信頼してくれるのだ。
確かにスターウォーズ6作を20回観るなんてまともじゃない。
だけど、そこにある何かを見つける事ができるから20回も観れるのだ。
僕が面接官なら間違いなく採用する。
おそらく僕の知らないスターウォーズの事も知っているだろうし。
人と人の縁というのはそれくらい不思議な事もあるのだ。
「男は黙ってサッポロビール」とだけ言って入社した人もいる。
もちろんアサヒビールには入社していないぞ。
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DJ SASHAの音を初めて耳にしたのは20歳だと書いたが
一晩考えてみるとあれは19歳の間違いだった。
記憶は曖昧になっていくんだなと思った。
申し訳ない。
あの頃は毎日のようにDJ SASHAのCDを聴いていた。
車にも乗っていたから通勤途中に車でも聴いたし、もちろん帰ってからも聴いた。
どこででも聴けるように僕は5枚ほどコピーしていた。
とにかくよく聴いた。
僕の作曲人生はこの時すでに終わっていたのかもしれない。
SASHAがあまりにも大きな壁に見えてしまったのだ。
僕は今まで何も考えずに道を走って来たもんだから
壁を目の当たりにして突然ブレーキをかける羽目になった。
それ以来はその壁を迂回しようとばかり試みた。
また元の位置に戻り、逆に向かったりもした。
僕は壁を超えようとは一度も思わなかった。
なぜならSASHAという存在が神のようにさえ思えたからだ。
今思えばそれはあまりにも歪んだ発想だったと思うのだけど。
僕が奈落の底で考えた事は色々とあった。
この音楽は人が作った機械によって作られた音の集まりに過ぎないし
世の中にはそんなものよりもっと大切な事だってあるのだと。
SASHAという人物とこのアルバムを作る為に関わった人達がどのようにして生まれて、そして生きてきたのかを僕は知らない。
だけど国は違えど皆生まれた時は同じなのだ。
僕だって昔は何も知らない赤ん坊だった。
何かをプログラムされて生まれてくる事はまずない。
誰かを無差別に殺してしまう為にプロブラムされて生まれてくる人もいない。
国には、地方には、地域には、家庭にはルールがある。
そんな中で生きていくうちに知識を身につけて、感性を感化させる。
どこかで一歩踏み外して人道に反した人もいるが
彼らだって僕と同じように生まれてきている。
彼だけが悪いわけでは無く、どこかでルールを守れなくなってしまった事に責任がある。
ルールが悪いかもしれないし、それは彼だけの責任ではない。
人が完全では無い以上、どこかで変化してしまうし、変化せざるを得ないのだと思う。
このアルバムは制作スタッフが違えばきっと作品にも変化が出ただろう。
もっと良くなるかもしれないし、悪くなるかもしれない。
その変化は僕にとって良くなったとしても、誰かにとって悪くなってしまったかもしれない。
そして制作される期間が1か月もズレていたなら同じ作品にならなかったのだと思う。
感性は制御される意思とは別にどこかで勝手に動き出してしまうのだ。
日が変わればどこか変わる。
そう考えてみると僕はこだわり過ぎていたし、自らを締め付け過ぎていたのかもしれない。
SASHAの音というのは鍾乳洞が時間をかけて形成されていき、プロフェッショナルが綺麗にライトアップした芸術のようだ。
リスナー達は(もちろん僕も)それを観て綺麗だと思う。
とても素敵だと感じる。
だけどそれが何故綺麗なのかはよく分からないのだ。
リスナー達はその鍾乳洞に辿り着くまで様々な経験をして感性を感化させてきている。
そんな人達の中にはこんな人もいるかもしれない。
過去に仕事で失敗をしてしまって一日中謝り続けなければならなかった時、今日は最悪な一日だったなと感じる。
しかし、会社を出てからふと見上げると空に星が出ているのだ。
星などよほど好きでなきゃ毎日見ようと思わない。
そこが滅多に星など出ないような空気の悪い所であればなおさら。
そういう時に何か特別な印象を脳裏に焼き付けられる。
そんな人はSASHAの音を聞く時に必ず星と結びつけるのかもしれない。
そしてミラーボールも結びつけてしまうかもしれない。
それら全てが無限にルーブして、新しく感性は感化される。
その時に感じる何かは体に記憶されて残っていく。
星などに感化されなくても、その日に飲んだビールに感化された人も来ているかもしれない。
その日の帰り道に捨てられていた猫や犬達を見て感化された人も来ているかもしれない。
とにかく特別なものという概念はそうやって無意識の中で結びついていく。
人生の長い時間をかけて今までのぼんやりとしていたものから、より明確な大きな塊として心の中に存在するようになる。
だからといって僕がSASHAを好きな理由としては不適格だと思う。
感性なんて僕にだって分からないし、専門家でさえ分からないのだから。
僕はSASHAに負けたわけでは無い。
誰かが僕に「挫折」と言うかもしれない。
「挫折」という言葉はこの時の為にずっと(僕が音楽を始めた時から10年間もの長い期間)使われるのを待っていたのかもしれない。
僕が使ってくれるのを楽しみにしていたかもしれない。
そうであるとしたら大変申し訳ない。
僕にとってこれは挫折で無く、ただ壁が大きすぎただけなのだ。
あまりにも大きすぎて上も横もその向こうが見えなかったら誰だって何も分からなくなるし混乱する。
その向こう側に何かあるかどうかさえ分からないのだ。
もしかしたらそれ自体が大きな塊でその向こうは何も存在していないのかもしれない。
僕は19歳の時から「挫折」という言葉が僕に歩みよってきているのを分かっていた。
そしてそれをできるだけ見ないようにして5年も生きて来た。
24歳の誕生日を迎える前に僕は最後にライブを行った。
それは何も意味しないものだった。
ただ終わる為の誰の為の物でも無い夜だった。
だけど「挫折」の為のライブでは決して無かった。
その日、僕はSASHAではなくてtahiti80を流した。
奈落の底は初めから存在などしていなかった。
嫉妬や弱さなどが集まって僕の心が生み出した仮想の世界に過ぎなかった。
僕が壁(塊)を目の当たりにしてから勝手に作り出してしまっただけだったのだ。
奈落の底など初めから存在しないのだ。
僕は「挫折」に別れを告げる。
「さようなら、時々会いにくるよ」
僕は壁(塊)を背にして今まで来た道を記憶を辿りながら戻る事にした。
SASHA
Sergey Vasilievich Rachmaninov
Ludwig van Beethoven
Peter Ilyich Tchaikovsky
Dirty Vegas
DJ NAGAE
tahiti80
THE BEATLES
Fatboy Slim
The Chemical Brothers
UnderWorld
Radio Head
Oasis
Nobuo Uematsu
Carpenters
Grapevine
Shikao Suga
TMN(Tetsuya Komuro)
access(Daisuke Asakura)
僕は今そんな帰り道を寄り道をしながら意味も無く通過している。
本屋に立ち寄り、気が向けば購入する。
スーパーで気に入った食材を購入する。
ジムに行って汗を流すと家に帰って調理し本を読む。
音楽と共に。
最後にあと一つだけ
1996年3月〜2006年12月16日
僕の音楽人生を支えてくれた人達に心から感謝しています。
-DJ SASHA- 完
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DJ SASHAについて語れる人は数多くいると思う。
初めて聴いたのはいつだったかとか
最初に買ったCDはこれだとか
この曲はこういう展開で進行されラストはこのようにして締めくくられるとか
言い出せばキリが無い。
DJ SASHAのプレイを体で実感してきた人も
DJ TIESTOより好きだなという人も
きっと世の中に大勢いると思う。
それだけDJ SASHAが世界中の人に影響を与えてきたんだと思う。
そしてこれからも多くの人が魅了されていくんだろう。
その加速は誰にも止められない。
DJ SASHAの世界は我々が知っている意識の領域を超えていると思う。
そしてこんな事は僕が語るまでもない。
僕が20歳の時にSASHAの「airdrawndagger」を聴いた。
1曲目のdrempelsは水の動きのようなものを感じさせてくれる。
これが僕にとって大きな衝撃だった。
その衝撃の度合いは「パラサイトイヴ」(著者は瀬名秀明)の中で永島利明がEveに変化が起きている事を知った瞬間と同じくらいかもしれない。
恥ずかしながら僕が作曲をしていた頃にaquaryzmというテーマを持っていた。
これは水を連想させる癒しのサウンドを言葉として表現したもので
通常のヒーリングミュージックで聴ける”ストリングスによる美しく静かなサウンド”とは別物であって
あくまでもリズミカルでなくてはならなかった。
もし北野武の「座頭市」を観た事があるのであれば分かって貰えるかもしれないけど
映画の中で人の動作によって発せられた音によりリズムが構成されていくシーンがある。
そしてあのリズムというのはとても不完全なものだった。
僕としてはそれが限りなく100%に近いものが理想であった。
もちろん僕の音楽も「座頭市」同様不完全だった。
それで、SASHAの場合どうだったか。
言うまでもない。
限りなく100%に近いものだった。
雪が降り続く中を車で走ったことがあるだろうか。
雪が浮遊している中を車で走っている時、僕は妙な錯覚を感じる。
子供の頃自分が助手席に座っていた時に感じた事は
スイミー率いる大きな魚の集団がこっちに向かって来ていて
僕はその中を車で突っ切っている。
いつか雪が降りしきる中を運転することがあったら
意識してもらえたら嬉しい。
僕が理想としたaquaryzmの起源はここから始まっていた。
SASHAの曲がクラブで流れると僕はスイミー達のような大きな雪の流れを肌で感じるのだ。
低音の雪が足下を這い、高音の雪が僕の耳よりも高い位置を通過して行く。
メインとなる中音は僕の体を捕らえまいと向かってくる。
僕はそれらをかき分けるようにして無我夢中で踊るのだ。
SASHAの音というのはそういった限りなく100%に近いものである。
それを体感させてくれるアーティストというのはSASHAの他にいない。
僕が知っている意識の領域を超えているとしか言いようがないのだ。
水族館の中にこんな場所があればいいと思う。
魚達が泳いでいる所を360度見渡せるようなドーム型の空間。
もちろんあるのは知ってる。
そのど真ん中でSASHAを聴いてみたいと思っている。
そんな所でSASHAがDJをしたら、僕はついていける気がしない。
頭が割れて死んでしまいそうだ。
しかし
それで死ぬのも悪く無い。
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もし君が何かに夢中だというのなら
もっと夢中になってください。
誰かに夢中だとか
スポーツに夢中だとか
勉強に夢中だとか
何でもいいから
とにかく君が何かに夢中だと言えるのなら
僕の言葉など聞いていないで
もっともっと夢中になってください。
君が喫煙をしていようが
君が飲酒をしていようが
とにかく君が何かに夢中だと言えるのなら
こんなくだらない言葉など聞いていないで
もっともっと夢中になってください。
もし君が何にも夢中でないと言うのなら
もう少し僕の話に耳を傾けてください。
もし君が何にも夢中になる事ができないと思うのなら
多くの時間を無駄にしています。
だったら
スターウォーズを借りてきて古い物から順番に見て下さい。
6作全てを見終わると
君はお金と時間を無駄にした事に気づくと思う。
そして後悔する。
今度はそのお金と時間を取り返す為に
もう一度借りてきて古い物から順番に見て下さい。
6作全てを見終わったら
申し訳ないけれど
あと18回見て下さい。
きっとあなたは何かに気付くでしょう。
そしてもう少し大人になったら
履歴書にこう書くと思う。
趣味………映画鑑賞(特に好きなSWシリーズは全6作を20回観ました)
25歳のつむじより。
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初めに
僕の書く言葉には大した意味はありません。
どんな人にも何か影響を与えるつもりはありません。
それだけの文章ではないと僕は思っています。
多くの人が何だコイツと思うかもしれません。
1000人に一人くらいは何かを思うかもしれませんが
とにかく僕は言葉を扱う事が人一倍不器用な人間なのです。
だから、言葉について少しでも向き合おうとしているだけです。
多めに見てやってください。
これは別に読まなくてもいいんです。
多くの人が無駄な時間を経験してしまいます。
好きか嫌いか
何かについて”好きか嫌いか”と問われると
”どちらとも言えない”と回答する事が多い。
特に最近それが多い。
”どちらとも言えない”というのは”興味がない”とも似ている。
もしかすると、多くの事に関心が無くなって来ているのかもしれない。
人はなぜ好きという感情を持つのか?
人はなぜ嫌いという感情を持つのか?
そういう事にとても悩んだ時期がありました。
茂木健一郎氏の著書の中でこんなような言葉があったので拝借。
「心」といえば多くの人は心臓の位置を指すと思うが、
実際のところ感情というものは全て脳内で起きている事にすぎない。
だけど、確かに人は「心」を持っている。
それはとても不可解なものである。
化学というものは「心」が無いものとして定義される。
しかし、化学者達の研究をしているそれは本来のものとは全く異なるものなのである。
と、こんな感じだったかな。
「心」については全く解明されていないらしい。
茂木さんは少しでも解明したいそうだが
個人的にはあまり聞きたくない話だと思う。
なぜ人は好きになることが有り得るんだろう…?
実際どうなんだろう。
だから、最近ではなんでもかんでも好きだと言わなくなった。
好きという言葉にはあまり意味が無いんじゃないかと思えてしまって。
別に好きという言葉が悪いと言っている訳ではないんです。
僕が抱いている感情は
好きという言葉の意味するものに
果たして相応しいのかどうかさえよく分からないんです。
人に対して
誰かを好きになる。
君が好きだと言う。
僕はそこで使われる”好き”という言葉に好感を持てなくなってしまった。
腹の中に煮えたぎっている感情は
そんな言葉であっさりと片付けていいものだろうかと…
ノルウェイの森に好感を持てた一番の理由が感情表現だった。
ユニークな表現として
「山が崩れて海が干上がるくらい…」
100人が誰かを好きになれば
好きという言葉も100個の意味が存在する。
同じ言葉でも中身が違う。
感情の奥深さには参る。
どのように表現するべきなのだろう。
だけど「山が崩れて海が干上がるくらい好きだ」と言ったら
相手には何のことだかサッパリだろうね。
そういう場合は何も言わずに抱きしめてしまえば良いと思うが。
実際のとこはどうなんだろうか。
音楽について
音楽について「とても好きだ」と今まで公言してきました。
何かプロフィールを書く機会があれば
好きなこと…………音楽
と書き続けて来た。
そこに疑問を抱いた時
僕は奈落の底に堕ちた。
それはダークサイドみたいなものだったのかも。
ずっと音楽を作っていたけど、急に不安になった。
今まで色んな人に音楽が好きだと言ってきたが
あれは何だったのかと思った。
どこが好きだったのだろう?
メロディ?
ハーモニックス?
コーラス?
コード進行?
演奏者?
プロデューサー?
マスタリング精度?
オケ?
EQのかけ方?
リヴァーブ感?
それともなんとなく?
何もイメージが沸かない。
僕は駄目になった。
僕は音楽の何に惹かれたのだろうって振り返ると
それについて何一つ思い浮かばなくなったので
とても悲しくなってしまった。
僕は音楽を好きでは無かったのかもしれない。
もしかしたら僕が音楽に取り憑いていたのかもしれない。
そして彼らが逃げてしまった。
残るのは僕一人だけだ。
ある人が僕の音楽を好きだと言ってくれた事もあった。
それはとても有り難い事だった。
だけど混乱してしまった。
あなたたちは僕の音楽についてどこが好きなのだろうか?と…
そうやって全てが駄目になってしまった。
好きになるというのは
実はとても単純な事なのかもしれない。
何かに多くの時間さらされると
僕の感情はそこに何らかの信頼感のようなものが生まれる。
少しずつ空気がゆらぎながら
僕の中にあるものと
そこにあるものが
時間をかけて仲良くなって混じり合っていくのかもしれない。
トゲトゲとした緊張感が少しずつ馴染んでいくのかもしれない。
しかし、慣れと好きに決定的な違いがあるなら
僕はそれに気付く事が出来ない気がする。
好きと言う概念は一体どこから生まれてきたんだろう。
いつからその言葉を使い始めるようになったんだろう。
誰かが使っているから?
学校で言葉の意味を教わったから?
僕は好きというものを、誰かを真似ながら使ってきただけなのかもしれない。
そうやって僕の中の音楽に対する思想は崩れていきました。
そして活動を辞める事にしました。
しばらく時間が経って
音楽を聴いていると
やっぱり音楽の事が好きなんだと実感しました。
それは慣れとは何か違うもののように感じました。
だけど、それが何故なのか僕にはよく分かりません。
僕はただ意味も無く
音楽と時間を共にしているだけなのかもしれません。
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このところ春樹ばかり読んでいる所為だと思うけど、
書き込む内容が馬鹿みたいに長くなってしまった。
現在ねじまき鳥の(上)を読んでいます。
これは先が長くて当分の間は楽しめるだろう。
今日は夜勤だから適当に寝るつもりだが、
昨夜長めに寝たのであまり眠く無い。
JAZZTRONICの七色でも聴きながら
あさりの酒蒸しをつまんでます。
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